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○奧平貞能父子歸降の事

卷之四 第5話 · 段落 1 · NDL 1078984 80コマ L

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天正元年三河作手筑手の城主奧平監物貞勝入道道文、其子美作守貞能、孫九八郞信昌、皆勇氣逞き人にて有りしに、近頃道文は武田家に心を寄せ、勝賴の士大將甘利の作手の本丸に置き、奧平父子は外廓に在り。信昌信玄の死したる事を祕せるを悟り居し處に、東照宮より本多豐後守廣孝を以て歸降の事を勸め給ふ。信昌父と大父とに勸めて密約をなす。武田家奧平に人質を出せよ、と下知せらる。貞能如何にもすべき謀無くて、庶子千丸十三歲になりけるを、黑屋甚九郞を添へて出しけり。東照宮を不意に襲ひ打つべき謀を家臣を以て告げ奉る。武田にも是を怪み、土屋右衞門直村黑瀨に在りけるが、使を以て貞能を呼び寄せ、勝賴の撿使城所道壽も出向ひ、二心ある由聞ゆる處に、疾くも來られけるよ。神妙にこそ、と詞を掛くる。貞能、斯る時には父子の間も疑ひ思ふ事世の習なり。然れ共愛子にて候千丸を人質に出し候へば、何の子細の有べきや、と駭く色無ければ、いざ碁を打たん、と言ふ。貞能心靜に碁を打ち終り、暇乞して門外に出づるを、道壽又呼び戾し湯漬飯を出す。貞能之を食する暇に、道壽士を門外に出し、待ち居たる貞能が士に向ひて、主人叛逆顯れ、唯今討たれし由を言はせけれ共、奧平六兵衞打笑ひて更に駭く色無し。之れは貞能素より武田方にて如何なる事を言ふ共、吾首を見ざる中は驚く事勿れ、と固く言ひ含めし故なりけり。斯く謀り澄して、貞能馳せ歸り、其夜一族打具して退散し、岩崎に赴きければ、松平主殿助伊忠、本多豐後守廣孝等、東照宮の仰を奉り出で迎ひて瀧山に引取りけり。