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○東照宮大井城御退口大久保忠世高名の事

卷之四 第6話 · 段落 1 · NDL 1078984 81コマ L

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天正二年四月、東照宮天野宮內左衞門景貫が大井の城を攻めさせ給ふ時、霖雨にて兵粮運送の便宜からず。三倉の砦に引き取らせ給ふ處を、天野討つて出で附け慕ふ。高山光明の城々よりも出合ひ、田野大窪の鄕民も相加はり、此處彼處より鐵炮を打ち懸け、聲を擧げて攻懸る。後殿の人々數多討たれしを知し召さず。東照宮三倉にて聞し召し引き返させ給へば、早や敵引取りたり。玉井善太郞後殿しけるが、股を鐵炮にて打たせ、御後を慕ひて三倉に參りければ、手負ひたるか。後に鐵炮の音せしを怪しく思ひしに軍有りけるよ。此馬に乘れ、と仰せられ、御馬より下りさせ給ひけり。人々君の士を勞はらせ給ふに感ぜざる者なし。大久保七郞右衞門忠世が同心杉浦久藏一說、惣左衞門久勝に作る深手負ひたりしに、七郞右衞門馬より飛び下り、是に乘りて引き退け、といふ。久藏空けたる馬の下り所かな。我如き者は如何斗討たれたり共何事か有らん。大將たる人の馬離する物かは。八幡も照覽あれ、乘るまじい、と言へば、七郞右衞門禮儀も所に依るぞ疾く〱、と言へば、久藏、余此馬に乘りて生き、大將を捨殺しては如何せん、とて乘らざれば、七郞右衞門、否ならば馬を棄つるよ、と言ひ捨てて行かんとする處に、小玉甚內一說石上兎角馳來り、七郞右衞門は早退きたるぞ、と言ひて久藏を引き立て馬に打乘せ、軈て七郞右衞門に走り著きたり。七郞右衞門には兵藤彌惣と犬若といふ小者と三人打連れて、細道の崖を引き退きし處に、跡より退き來る者七郞右衞門を突き落す。二人も續いて飛びける所に、犬若揚羽の蝶の指物を持ちたるを投棄てたるを、敵見て之を取らんとする所を、彌惣走り懸り搔薙ぐり奪らんとすれば、敵彌惣を一刀切りたりけるに、七郞右衞門取つて返して敵三人討ち取つたり。東照宮、剛將の下に弱兵なし、と忠世を御賞美ありけり。