常山紀談本文データベース

目次 › 卷之四 › e093

○二股城攻內藤櫻井功名の事

卷之四 第16話 · 段落 1 · NDL 1078984 86コマ L

人物地名家(氏)官職日付索引へ

天正三年六月東照宮二股の城を攻め給ふ。城主は依田下野守幸成なり。其の子右衞門大夫幸致城を出て、鳥羽山の下なる小川を隔てて防ぎ戰ふ。內藤彌次右衞門家長、强弓の手利にて散々に射白ます。松平彌右衞門忠長が子彥九郞、敵に朱の提灯の指物有るを見て、味方にも此指物有りければ、過りて敵の中へ紛れ入りしを、朝比奈彌兵衞一箭にて射伏せたり。內藤は彥九郞と緣者の親有れば引き返して彌兵衞を射る。其の箭彌兵衞が乘りたる馬の鞍の前輪より後輪をかけて射貫く。彌兵衞が弟彌藏馳來りて、兄が屍を引き退けんとするを、二の矢にて是も射倒したり。城兵二人の屍を引き退けんとするを、本多忠勝等進み懸りて追つ立てたり。城兵引き退く中に、一人手負ひて引兼ねたる者有りけるを、一人取つて返し、是を救け城內に引き入れけるを、櫻井莊之介勝次、敵の首を一つ取りたりしが、又進んで追駈け行く。東照宮御覽ぜられ、茜の四半の指物は櫻井なるべし。深入するよ、と仰せられけり。其時敵の手負を助くる者漸々一の木戶揚錠門の中に入り、手負ひたる者は未だ半見ゆる處に、勝次走り著き、手負ひたる者の足を執りて三間許り引き出し、遂に其首を取る。其時門內より勝次が指物を打折りけるが、屍に懸り止りしを知らずして、五六間許引き取る時、從者斯くと言へば、又取つて返し指物を取り得て鳥羽山に歸り首を奉る。東照宮唯今の勇氣嚴さ、誠に無雙と覺ゆるなり。然れ共是より後は努々今日の如く深働す可からず、とて遠州にて祿を增し賜りけり。彼の從者も度々働有りて後、士となし內田彥右衞門と言ひけり。