諏訪原の城を甲州より攻め來りて合戰あり。松平康重康親の子の士山內治大夫、進士淸三郞、山崎惣左衞門三人殿しけるに、山內は精兵の手引にて、射拂ひて引き退く時矢種盡きたり。山縣源四郞猶追つ懸くる時、進士淸三郞矢一筋を山內に抛げ遣りしかば、山內踏み止りて射けるに、志村金右衞門が胸板を射通し、後の松の木に射著けたり。夫より物別れす。山縣此の矢を康重に送り返して、强弓精兵無雙なり、とぞ褒めたりける。康重其矢に進士が姓名の彫り附けたりしを見て賞する處に、是は山內が射申したるにて候ふ、と申す。復山內を呼び出して、云々なりやと聞かるゝに、淸三郞が射たるにて候、と讓りけり。康重兩人に感狀を與へたり。世の人兩人を今の孟子反と言ひ合へり。