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○東照宮勝賴と大井川にて御對陣の事

卷之四 第26話 · 段落 2 · NDL 1078984 91コマ R

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天正七年九月、東照宮勝賴と大井川のいろうにて川を隔てて對陣し御座します。時に大木川上にて川に轉び落ちける。其の音波に響きて事々しく聞えしかば、すはや勝賴夜討に寄すると騷ぎ立ちて止らず。牧野半右衞門に、先陣を鎭めよ、と仰せられしかば、牧野馳行きて、何事に騷ぎ候や。御旗本も騷ぎ候ぞ。疾く靜まり候へ、と呼はりければ、愈亂れ立ちけり。斯る處に、大久保七郞右衞門忠世馳せ來り、勝賴押し寄すべし、とて御旗本は物具固め敵を待ちかけたるに、何とて先陣の人々斯くまで驚き狼狽へ候哉。後日に嘲り笑はるべし。疾く靜り候へ、と罵りければ、是れに恥ぢしめられて、程無く騷も鎭りけり。
一說、持船の城を攻落させ給ひ、保ち難し、とて燒き棄てらる。此の時賴勝沼1津の城普請、築地の上にて此の烟を見られしが、北條家の軍を後にして、九月二十日東照宮の御陣に打向ひ富士川を打渡す。東照宮客戰は危しとや御思慮有りけん、兵を還して大井川の伊呂を涉らせ給ふべきに定めさせ給ひしに、俄に惣軍騷ぎ立ちて鎭らず。牧野半右衞門制し止むれ共彌騷ぎしに、七郞右衞門忠世御旗本に大提燈を高く差上げさせ、士を附け置きて、我が歸るまで動く可からず、と言ひ含め、先陣に行きて御旗本は二の身を討ん、とて鎭りたり。其の證は彼の火の動かぬを見よ、と言ひければ、是れによりて鎭りければ軈て乘り歸り、先陣はよく鎭りて敵を待つ體なり。以後先陣の人々に嗤はるべし、と言ひければ、之もまた鎭りけるといへり。
  1. 誤植 — 底本「賴勝」。「勝賴」の文字順の誤りか。