e102.p01校訂済90L:5–10別謙信卒して天正六年三月九日養子上杉三郞景虎改政虎實は北條氏康の子也猶子喜平治景勝遺跡を爭ふ。景虎緣ある故武田勝賴に援兵を賴む。勝賴兵を出す。此時景勝謀りて、勝賴の寵臣長坂釣閑跡部大炊助に使者を送り、勝賴に黃金一萬、兩寵臣に二千兩宛を與へて加勢を乞ふ。兩寵臣勝賴を勸めて政虎を放されたり。是れより諸士勝賴を怨みけるが、終に勝賴の妹聟木曾左馬頭儀昌信長に從ひて勝賴に叛く。勝賴之を討たん、とて軍を信州諏訪原に陣す。小山田左兵衞信茂も之に從ひて、御宿監物友綱に送る。
e102.p04校訂済91R:1–1別甲越の和親堅約の辰黃金の媒妎1訟ふる㆑神に恨倍臣2屠盡す平安國可し㆑惜む家名換ることを㆓万鈞に㆒誤植媒妎 — 底本「媒妎」。「媒妁」の誤植か(漢詩)。誤植倍臣 — 底本「倍臣」。「陪臣」の誤植か(漢詩)。