e304.p01校訂済217L:3–5別岐阜の城攻に、細川忠興七曲口へ向はれしに、米田助右衞門、あれ見給へ。彼の門矢倉は容易く打破るべし、と申す。忠興、子細は如何に。米田、今朝より矢倉より搏出す箭玉次第に少くなり候は、本丸に引入りたる故に候、と申せば、軈て軍を進めて七曲口を攻破られけり。