辻小作は福島正則に仕へしが、可兒才藏と親しみ深く、共に世に聞えたりし物なり。中黑道隨は石田賓客の如く遇し置きけり。關ヶ原の軍敗れし時、中黑唯一騎落行く兵の中に踏止り、散々に戰ひけるを辻見て、いざ討ち取らばや、と言へば、可兒、情無き事をも言ふもの哉。助ばや、と云ふ。辻、さては生捕とや。可兒に好まれて辭し難し、と言捨て馳行く處に、中黑馬を深田に打入れて、諸鐙を合せて更に動かず。辻詞をかけ、日頃の好に助けんずるよ。早く取附け、とて鎗の鐏をさし出す。中黑、斯る際に命助かりてもイ生きても何にかせん、とて已に自害すべく見えしかば、辻、何と謀可きや。神明にかけて僞らじ、といへば、取著きたるを辻主從引上げて陣所に歸る。可兒見て大に悅びけり。さて辻は物具脫ぎて躶になり、仰に打臥して、只今まで敵なりし中黑を物とも思はぬ有樣にて物語す。中黑、餘に侮りたるよ、と心中に怒りけれども、命を助けたりし恩を思ひてさて止ぬ、と後に中黑此事を語りて笑ひしとなり。中黑後井伊直孝招きて、祿二千石與へられけり。