佐和山の城を圍む時、堀尾信濃守通晴、渡邊喜兵衞を呼んで、凡城を攻むるに敵の虚實土地の要害具に知らでは叶ふまじ。如何にもして生捕をせばや。汝事よくせんや、と言はれければ渡邊、首を取るだに易からず候。まして生捕せん事叶ひ難し、と申しも果てぬに、渡邊が弟才兵衞進み出で、殿の仰に何とてさは宣ひ候ぞ。喜兵衞年老たり、軍令を司るには然るべし。斯る力業は才兵衞に仰附けられよ、と言へば、喜兵衞、思慮なき事な申しそ。無禮なり、と言へば、通晴、大志壯力人の及び難き事をも爲し得べき眼ざしよ、と才兵衞を稱せられしかば、才兵衞座を立ちけり。兄の詞は禮儀なり、汝が詞は血氣なり、と人々戒めけれ共、吾思ふ子細有ればこそ、とて夜の更るを待ちて從者一人打連れ、窃に城際に忍び行く。茂りたる桑の木の下に囁く者あり。近くなりて、それ遁さじ、と二人鎗を執りて懸るを、才兵衞一人は突伏せ一人は追散し、首を從者に持せ城に忍入りて、生て歸る事萬に一つなり。此有樣を兄に語れ、と云ひて堀に添ひて行く所に、夜廻すると覺しくて打過ぐる。其跡に附いて行けば振顧みて、名乘れ、とて弓に箭を交ふ。才兵衞小聲に、敵の忍後より來るぞ。爰に待ちて打たん、と言ひつゝ步み寄り、一丈許になりける時鎗を取延べて敵の弓弦を突切りて其儘鎗を取直し、諸膝薙いで打伏せ上に乘懸り、汝能く聞けよ。吾殺さんとには非ず。云々の子細有りて忍び來りしに、行會ひたるは天の祐なり。汝死なんとならば吾汝を刺殺して自害せん。それは益なし。吾に隨ひ來れよ、と言ふ。彼士怒つて、旣に斯く成りし上は命生きんと思はんや、とて、疾刺殺されよ、と云ふ。才兵衞聞きて、二人空しく死なんより生きて功有らんこそよけれ。軍神も照覽あれ。吾僞無きよ、と言へば、さらば如何にもせよ、と云ふ。才兵衞悅んで引起し、物具に附きたる塵を打拂ひければ、彼士、天晴汝は大剛の人にて、而も辯舌明なり。搦められぬれど恥とは思はず。名は松田大介と云ふ者なり、と言へば、才兵衞、松田を先に立てて始首を取りたる所に行けば、從者喜兵衞殿も追續いて出で給ふが歸られず、と言ふ。才兵衞、如何にし給へるにや。松田は逃ぐべき人にあらね共汝附添ひ居よ、と云ひて城の方に行く所に、喜兵衞歸りたるに逢ひ、生捕をしてこそ候へ、と云ふ。城門は固く閉ぢたり。兄弟打連れ歸りて斯くと申す。通晴由々しき事をもしたるよ、とて一同にどよみ合へり。生捕は如何にせん、と申すを、東照宮、心に任せよ、と仰せあり。才兵衞、松田に申せし詞云々なり。松田に腹切らせられば臣先死罪になり候可し、と言へば、勇有り又情有り、とて松田も許されけり。