○松野龜右衞門鐵炮修煉の事附松野才覺の事
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熊本にて一匁の筒を磨き居しに、庭の南天蜀の實を鵯鳥の來て喰ひけるを、かなものしはめて藥を込み目的を見ず。箸にて火を差して打つに中らざる事なし。島原の前の事なりしにや、細川家の長臣南條大膳、恨を含む故有りて細川家を傾けん事を謀りけるに、其比深く密にする事有りて、泄れなば細川家の禍なる事を知りたりければ、先切支丹の事訴へけり。江戶より南條を召す。細川家驚きたれども詮方無し。松野、我に任せられよ、とて囚人なれば厚き板にて詰牢を造り、醫者一人に密謀を云ひ含め熊本より出づるに、天氣を待つとて處々に舟を留め、日を經る內に人參の入りたる藥を與へ、朝夕の食物まで人參湯にて飮食させけり。南條は氣の鬱したる上人參數百斤飮みたりしかば、心狂亂したりけり。松野江戶に打具し至りて、南條は數年狂氣の者にて候、とて出しけり。切支丹訟の事を問はるゝに、狂言のみなり。疾く熊本に歸すべし、とて松野に返されぬ。此謀唯醫一人のみ知りたりと云へり。