e417.p01校訂済308R:13–13308L:1–4別一揆の長、四郞が首を細川家の足輕陣佐右衞門取りけり。二の丸にて鐵炮に中り、倒れし者の首を斬りしに、忠利前髮有る首を撰り出させ、鞭にて彼首を指し、四郞が首とも覺しきに、誰か見知りたる、と問ふ。須佐美權之允、四年以前に四郞を召使ひし事の候。紛ひ無き四郞なり。左の耳の下に瘤の候。是其證なり、とて生捕りたる四郞が母に見すれば、吾子なり、とて泣倒れしかば、忠利使を立てて首を石谷十藏の方に送られけり。後陣に千石の祿を與へらる。