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○福島正則信濃國へ赴かれし時の事

卷之二十 第1話 · 段落 1 · NDL 1078984 314コマ R

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正則配流の時、正則の邸表の門前に蒲生下野守忠鄕、裏門へは鳥居左京亮打向ひ、皆士卒物具したりけり。芝の邸へは最上源五郞義俊打向へり。蒲生の士共、正則公命を承りたりと聞きて、急ぎ邸を出でらるべし、と言ひ入れければ、正則、仰にも及ばず、とて、信州に赴くべきにて候、とて熊澤半右衞門守久、上月新八兩人を呼び、奧筋の風俗常にがさつなり。蒲生鳥居の者共門內へ込入るに於ては、吾士共無禮を咎めて、事の破れも有るべきなり。汝兩人門內に有つて理を盡すべし。夫とも聞入れずば駈け來りて告知せよ。自害すべし、と言はれしに、半右衞門、これは畏り難き仰をも承りける、と言ひも果てぬに、正則、我今日公儀に背き斯く成果てし故、汝さへ悔る1や、と大に怒られしに、半右衞門驚かず新八に向ひて、只今仰の如く、出羽奧州の風俗のがさつなるは勿論なり。立向ひ如何に理を云ひたりとも聞き入るべからず。其時駈け返りなば、追立てられ逃入りたると同じ事にて、末の世迄も恥辱なるべし。さらば込入る奴原腕の力の續かん程切合ひてそれを注進なし、其後殿は如何にもならせられんや、と云ひけるに、新八も、元より同心に候、と答へしに、正則悅んで打領き、二人が言ふ所尤も至極なり。幾重にも穩に理を盡し、承引せずば志の如くにせよ、と言はれしかば、兩人畏り、承り候、とて座を立ちて門內に出向ひけるに、事故無かりしかば、正則信州に赴かれけるとぞ、2
  1. 誤植 — 底本「悔」。振り仮名「あなど」から「侮」の誤植か。
  2. 誤植 — 底本は文末(一話の終わり)を「、」で終える。「。」の誤りか。