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○池田忠繼朝臣士を懷けられし事

卷之二十 第12話 · 段落 1 · NDL 1078984 322コマ R

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池田左衞門督忠繼は、東照宮の御女北條氏直の北の方にて御座しけるが、北條家亡びて後國淸公に再嫁有りて生れ給へりしかば、東照宮の御外孫なり。大坂冬陣には十六才なり。一旦和平に成りて師を返されし後、軍に從ひし士共寄り集りて物語する時、一人の云ふ、若き士の此度の軍は日比と大に違ひて、諸事の下知兎角いはん詞もなし。中にも今まで詞に出さぬ事一つあり。仕寄場にて寒氣烈しきにさぞ苦勞ならん、とて小き手樽に酒を入れて賜り、又綿入の肌著を賜り、此事努々人にな泄しそ、と仰せられし志の忝さ忘れ難けれど、語るなと仰せ有りし故今迄は泄さざりし、と言へは、一座十四人手を打ちて、我々も其通なりき。我一人のあひしらひなりと思ひしに、皆斯くの如きは例少き事なり、と感じ合ひけるとぞ。