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○烏丸光廣卿行狀の事

卷之二十三 第7話 · 段落 1 · NDL 1078984 354コマ L

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烏丸光廣卿は、常の居間に書物を繙きならべ、四枚の襖二枚開き、机一脚に硯有りて、三本入の扇子箱に筆あり。其間に年月經ても人の入る事無し。故に座したる跡ありて其外は塵滿ちたり。公宴參內の時も扇子箱に硯石を入れ、手に携げ乘輿に入れられけり。この卿江戶に召されて三年御座しけり。高倉屋敷に有りとかや斯くて歸京あるべき由きこえけるに、兼ねて座敷の前に庫有りしを、留守に置かれし雜掌言ひけるは、公久しく江戶に御座して、廣き所に慣れ給ひ、歸京の後、此庫目前に有りて惡かりなん、とて壞ちたり。庫には、數十年諸家より贈りし物を積みたるなり。其物は書院に並べ、詳に書記して家人に分ち與へけり。斯くて光廣卿歸京有りて、程經しか共、庫の事は言ひ出されず。雜掌、庭の樣の異るにや、と言ひしに、實にも廣くなりぬ。庫は如何にしたるや、と問はれしに、云々したり、と申す。內の寶物は如何にしたる、と有りしに、皆配り與へて候、と申す。それは誠によかりけり。汝は何を得たるや、と問はれければ、いや一種も取らず、といへば、無調法の事かな、と打笑ひて取合へもせられざりしとぞ。君臣禪理を好まれし故なりとかや。