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○多賀孫左衞門同忠大夫仇擊の事

卷之二十四 第5話 · 段落 1 · NDL 1078984 371コマ R

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京極若狹守忠高雲州松江に在りし時、出雲隱岐二州の主なり其士に箕浦備後、內藤兵庫、多賀孫左衞門といへる者あり。備後が末子與四郞といひしは容貌美麗にて、兵庫が子八左衞門と情交淺からず。孫左衞門が子孫兵衞斯くとも知らで、與四郞に心をかけたりしに、曾て無二に言ひ交したる者あり、と答ふ。夫れまでにては浮の空なり。名を聞きて止みなん、と重ねて言ひしかば、名を聞かば若し其人に害やせん、と密に八左衞門に告げて、孫兵衞、備後が宅に時々來るこそ幸なれ、とて或夜與四郞が部屋に呼入れ懇に遇し、醉の後八左衞門出逢ひて、孫兵衞を刺殺し、止を刺し足の裏を割きて、屍を城下の鹽津川に捨てたり。夜中知人無し。鹽津川の下に屍の流れ寄りたるを見て、誰が仕業とも知られざれども、自然に箕浦、內藤に指さす人も有りければ、孫左衞門聞きて、證據なしと言へ共斯る類は天命にて虛說無き物なり、僉議を遂げられよ。沙汰に及ばずば備後、兵庫を相手なり、と訟に及ぶ。忠高目附を以て密に聞けば、果して實なり。多賀、が訟理なれば棄置き難けれども、內藤、箕浦兩人忠ある舊臣なる故、立退け、と密に知らせて、箕浦父子、內藤八左衞門雲州を出奔しけり。孫兵衞に兩人の弟有り。此時十三歲に十一歲なり。兄は後父の名をもて孫左衞門といひ、弟は忠大夫といへり。忠高卒去、刑部少輔忠知に六萬石賜はり、播州立野へ所替あり。多賀其比京極の家を出て兄の仇を討たんとす。されども幼かりし時の事故內藤を見知らず。父孫左衞門が介抱し置きたる浪人間市大夫、恩を報ぜん事此時なり、とて附從ふ。孫兵衞が妹の子三田右衞門八も相加はれり。備後は土井大炊頭に奉公しけるが年老て死す。與四郞は二十にて病死す。八左衞門は小笠原信濃守忠修に奉公し祿五百石與へられ、仇ある故他所へ遣されず、勤勞も無くたゞ在らん事快からず。人並の奉公を許されずば永く暇を給はれ、といふに依りて、江戶の供の列に入れられたり。若し仇に討たれなば、とて小笠原家高天神にて走廻りよかりし者の子、其外徒の者六人、內藤に自然の事あらば助けよ、とて附置かれぬ。或時內藤、土井大炊頭の許へ使者に行く。多賀聞きて、歸るさに途中に出迎ひたり。八左衞門人數多く引連れ馬上にて來るを、間、あれこそ內藤よ、と敎ふ。若し打損じたらんに馬上にて馳脫けんも計り難し、とて孫左衞門、市大夫前より、忠大夫、右衞門八後より懸り、其間近くなりて孫左衞門編笠を脫ぎ、覺えは無きか八左衞門、と詞をかけ、頭を額へかけて切る。忠大夫二尺七寸の刀を以て飛懸り切る。切られてそり樣に蹈み出したる鐙、忠大夫が拳に當りて、指の骨白く出でたりとなん。さて內藤落つる處を孫左衞門たゝみかけて切り、忠大夫馬の下を潛りて切り止めたり。孫左衞門始め向より太刀附けしかば、內藤が從者幾刀となく切りけれども、さのみ深手ならねば散々に切合ひたるを、內藤が從者薙刀をもて右の肩より腕かけて切りしかば、左の手に刀を取直したる處を、薙刀にて袖口を左右へ刺貫く。孫左衞門が刀間近くなりしかば薙刀を捨てたり。薙刀はかせになりぬ、數ヶ所の疵は蒙りつ、遂に倒れて立上らず。忠大夫、右衞門八、市大夫、內藤が從者數多切伏せ追拂ひ、忠大夫駈寄りて孫左衞門が頭を抱き、如何に、と問ひければ、思ふ仇討ち果せぬれば思置く事無し、とて息絕えたり。內藤を始として其場に七人一二町逃げて、倒れ死する者二人、多賀兄弟、三田、間四人が手に掛けて都て九人を切殺しけり。忠大夫疵三ヶ所、三田、間も手負ひぬれども三人とも死なず。孫左衞門が面に編笠をかけて息つぎ居たるに、邊の人出合ひ奉行所へ連れて行き、御法の帳面に記して討たざる趣を尋ねらる。忠大夫、固より承り及びたる事ながら、萬一それ故に事洩れて討漏らさんも計り難し。本望遂げなば何の身命の惜しかるべき。御法に背きたりとて刑罰に逢ふとも、附屆に及ぶべからずと、必死に兄弟共思ひ極めて候、と少しも屈せず申述ぶる。又三田は近き親なり。間が助太刀は如何、と問はる。間承り、浪人なりしを、多賀が恩を以て年月を送りぬ。孫兵衞殺されし時兩人の弟幼少にて、仇を見知らず候故、手引して討たせ候。多賀が多年の恩を報い候へば、如何に御咎を蒙り候とも厭ひ申さぬ志にて候、と申述ぶる。何れも申す處尤至極せり、とて歸されけり。孫左衞門三十三歲、忠大夫三十一歲、右衞門八十八歲、市大夫□脫字孫兵衞死後二十一年の後、寬永十八年辛巳、江戶大炊殿橋の敵討と世にいへるは是なり。其比土井大炊頭の邸に近きを以て、一橋を大炊殿橋と言ひけるとなり。多賀忠大夫後に難栖と號す。右衞門八後茂左衞門といひ、老年の後茂入と稱し、正德二年九十歲餘にて讃州丸龜に病死す。此始終は、忠大夫が物語したるを書記しぬるを傳へて此處に記せり。