伊丹播磨守康勝は、寬永年中御勘定頭三人を置かれし時、其第一に撰ばれ、農を勤め商を通じ、民と倶に利を同じくしける譽高し。其比商人の運上金を公儀に獻げ奉り、甲斐國より出づる鼻帋を一人して商ふ者有りけり。然るに又富める商人有りて內々告げて、今迄の人の奉る處の金に一千兩增して、運上を奉るべし。某一人に帋商ふ事を許し給ふべき由を申す。此事尤然るべし、と議定有りしに、播磨守一人、其心を得ず、とて聞入れず。執政の大臣達にも此由を告げて乞ふ事止まず。三年の後執政の人々、播磨守に云々の事請ふ者あり。同職の人許すべしと言へ共、獨用ひられぬと聞くは誠にや。天下の富を以て見る時は千兩の金は少きなりと言へ共、是を以て國用を足すに資け無しとは言ふべからず。如何に、とありしに、播磨守承り、今より盜賊の起らぬ道だに候ひなんには、如何にも許し申すべし、と答ふ。人々、如何なる子細ぞ、と問はるゝに、播磨守、日本の唐より優りたる物は紙にて候。中にも鼻帋と申す物は、貴賤一同に一日も無くて叶はぬ物にて候。其價の賤しければこそ世の助とはなり候へ。望み請ふ者、今まで商人の奉りしより千兩の金を增しなん事、此千兩は何處より出すべき。此紙を商ふに價を增して商ふを、又そを買ひて商ふ人幾何も候はんに、是等も同じく利を得て商はんとせんには、此處に加はり、彼處に增して、後には價甚貴くなりなん。凡一帖の紙價一二錢を增したらんには、富める人の憂とするには足らず。貧賤の人一日に得る所の利誠に少し。僅に一二錢を累ねて妻子をも養ふ。斯くあさましき者とても、今日迄は鼻帋やうの物を常に用ひ來れり。價忽に增したればとて、更に何物を以てか此に換ふべき。然らば是等も又己々が商ふ物にてもあれ、其價を增して、其得る處の利を以て鼻帋を買ふより外の事候はじ。凡一物の價增す時は、萬物の價同じく貴くなる事、皆定れる事なり。價貴くなるに至りて、求めんとしても得ざれば、或は飢ゑ或は寒ゆるにも及ぶべし。飢寒迫れば必ず死す。死すれども守る處を失ひ候はぬは、士より上つ方の事にこそ候へ。下樣の人は飢ゑて死し寒えて死す、盜しても死す。死は一定なり。同じく死する命、如何にもして一日も世に在らまほしく思ふは、賤しきが習なり。さてこそ盜賊は起る事にてこそ候へ。これは只農と商との事のやうに候へども、士の召仕ふ奴婢等も、物の價貴くして求得ねば盜む事同じ。斯く盜の世に盛に成りなん時に至りては、如何なる政事をもて之を停め給はんや。是等の盜は貧より起る事にて候。夫よりも又民に許して利を爭はしめ、其利上に歸するやうにし給はんには、天下其風に靡き從ひて、良き人々共に利を爭ひ、各其欲する所を得んと思はん。是等は盜せぬ盜人にて、其禍盜するより增りてこそ候へ。天下を保たせ給へば天下の寶悉く御寶なり。且上の費をだに省かせ候ひなんには、一年の中に積む所の御寶幾千萬兩の事にてか候べき。夫に僅千兩の金を增さんとして盜賊起り、世の風みだりに成り候はん事、身の肉を切りて飢を救ふに、腹に滿つる時身終ると言へるに同じかるべし。大略物の價の貴くなり行く事は、國郡に運上の多きが致す處なり。某旣に年老ぬ。頓て死し申すべし。相構へて此後も斯る事申す者ありとも、人々能く心得給へ、と言ひければ、人々感じ合へりけるとなり。