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○藤堂家士梅原庄右衞門指物頰當の事

拾遺 卷之二 第6話 · 段落 1 · NDL 1078984 397コマ L

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同家士梅原庄右衞門は伊賀の武羅組なり。指物を橫に斜にさす。是をおいね刺といふ。右へ斜にさす時は、太刀にさはる故に、左の方へ斜にさすなり。此士の三本靡に鉛子十七中る痕あり。此士刺物の柄を打柄にして請筒待請合足を强く丈夫にする。此意は、或は城乘の時、石垣屏高く登り難かりしを、下人石垣の上へ早く登り、庄右衞門が刺物を取りて引揚げ、一番に城を乘りたる故に、以來如㆑此するとなり。此士元來池田伊豫守秀雄の家士なり。又此士頰當の露おとしの穴を廣くする。此意は、頰當を著し飯を食する時、頰當の透よりおとがひに落充りたるを、指を入れて掃㆑之に宜しとなり。又氣も散じ方々宜しとなり。梅原は江戶淺草知樂院伯父なり。