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伊賀国
本文表記 伊賀・伊州
信長公伊勢の國司を亡し給ひし事 卷之三 · 1
- p01…都東門院の住僧なりけるが、具敎弑せられけるを聞き、南都を出て伊賀に赴き、還俗して北畠具親と稱し、三瀨河股多藝小梨の諸士を語ひ…
東照宮和泉國堺より御歸國の事 卷之五 · 5
- p05…五日には高見嶺を打越え給ふ。御供に候ひける服部半藏正成は、元伊州生れの人なれば、忠勝下知して伊賀の案內したりけり。國士數多參…
- p05…に候ひける服部半藏正成は、元伊州生れの人なれば、忠勝下知して伊賀の案內したりけり。國士數多參りて警衞し奉りて、上柘植より三里…
- p05…著かせ給ひて、長谷川竹丸秀一後藤五郞を始として和州山州伊州の士に御暇給はり、時を得て濱松に參るべき由懇に仰せを蒙りけり…
- p05…るべき由懇に仰せを蒙りけり。夫より三河に事無く歸らせ給ひぬ。伊賀は去年九月信雄攻め入りて打從へられし比、逃げ隱るゝ者を求め出…
- p05…皆警固し奉りけるとなり。軈て明智を追討の爲御軍を出されしに、伊賀の國士共集りつどひて參りけるを、多くは大番に入れさせ給ひ、恩…
島津義弘關ケ原退口の事附大坂の商賈義氣の事 卷之十三 · 1
- p03…義弘、近江の甲賀にかゝり、老翁一人案內者にして道しるべさせ、伊賀の山路を經て上野まで行き著かれたり。爰は筒井伊賀守定次の城な…
石井兄弟報讐の事 卷之二十五 · 1
- p03…るが如し。或時は僅の商人となり、又或は近江の茶賣となり、或は伊賀の山家の者と僞り、詞使身の振舞、夫々に似習はんと心掛けたりけ…
家康公駿府御花見の事 拾遺 卷之二 · 1
- p01…ず、と申上げらる。井伊、榊原も申され候は、龍泉寺表へ差遣し候伊賀、甲賀の罷歸り、上方勢の夜守、夜合戰の備もなく、無法の陣取と…
藤堂家士梅原庄右衞門指物頰當の事 拾遺 卷之二 · 1
- p01…同家士梅原庄右衞門は伊賀の武羅組なり。指物を橫に斜にさす。是をおいね刺といふ。右へ斜…
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