e548.p01校訂済405R:7–11尾州小牧合戰家康公御勝利、已に首實撿、甲州の先方廣瀨鄕左衞門が云く、我古主武田信玄大合戰、勝利を得ては必ず引上げ、よき場或は身方の城へ取入りて、二の目を討たれざるを第一とす、と言上る。同國の士三科傳右衞門が曰く、遠からず、去年六月江北越前の境椿江城にて、佐久間盛政が中川淸秀父子を討つて其威を振ふと雖も、引取り遲くして柳が瀨の敗軍今此處なり、と言上。依㆑之御人數小牧山へ雲の如く上り給ふとなり。