常山紀談本文データベース

目次 › 拾遺 卷之四 › e615

○城和泉守長盛讒言の事

拾遺 卷之四 第27話 · 段落 1 · NDL 1078984 434コマ L

人物地名家(氏)官職日付索引へ

大坂冬陣に、松平武藏守利隆は神崎に軍し、弟左衞門督忠繼は尼崎に軍す。忠繼人衆推出し、矢野兵庫、佐分利九之丞を物見として、蜆江の地形を覘せしむ。二士皈りて、兩方沼にて前狹く末廣く、身方の爲には利鮮く、敵の爲には便あり、と申す。又由井伊豆、丸山豐後、渡瀨淡路を差遣す。三士は、却て味方の利あらん、と云ふ。忠繼、矢野、佐分利が言ふと相齟齬するを以て、その故を問るゝに、三士、君公人數を推出させ給ふは、合戰を望ませらるゝに非ずや。身方大軍なるを見て、敵地の利なき時は必ず怖れて出づべからず。君公合戰を挑まるゝとも得べけんや。敵地の利を賴みて出す處を、身方は大軍なり、長々と出させて後急に討㆑之、勝事案の內に候。若人數を向けられば早きを善とす。利隆公の備續き候はば、敵見をなして未だ戰はざるさきに引返し候はん、と申せば、忠繼、汝等が云ふ所尤なり、とて、造作もなく敵を追拂はる。利隆は見㆑之、勇み進むと雖も、目附城和泉守永盛、源君の命なり、と云ひて强て制㆑之。利隆憤り仰いで、兵を收めんや否や、と思惟する處に、阿部四郞五郞諸手を巡て是に來る。利隆此由を告げらるゝに、阿部、兄弟の身と云ひ、眼前の敵といふ忠繼若不㆑克ば、是兄弟を棄てたるなり。忠繼又克㆑之ば是自怯のそしりを取るなり。兩ながら武家の恥辱なれば、只進むに不㆑如、と云ふ一言に力を得て、永盛制すれども不㆑用。利隆の將、利隆始より貳あらず、何をか疑うて沮止らるゝや。敵を見ながら卻て兵を收るは、師を起して此に來る者、何の爲とかする。源君決して如㆑此の非理の命あるべからず、と云ふ。永盛齒をかみ小躍して、汝等吾言を輕蔑にす、其罪重し。必ず言上を遂げて一々腹切せんぞ、と大に怒る。利隆の將、勿論のことなり。士たる者其君の爲に腹切らんことは、本より所㆑甘也、とて中津川を涉りて橫すぢかへに蒐る。敵この兵勢を見て、中途より引入りて合戰に不㆑及。大坂沒落の後、利隆、懷攜貳兩陣の中に居て主客の勝負を料る。是弱を叛きて强を快せんとするものなり、と讒言に遇うて、源君利隆を譴責せらるべきの沙汰あり。利隆、番大膳を以つて、毫厘も不忠の志非義のことなし。皆永盛が所爲なることを陳ぜらる。番は廝養の卒より經のぼり、騎士の將と爲りて政を預聞程のものなり。始終少も不㆑蹶、辯舌審に子細をのべたり。源君はじめ簾を隔て、利隆が何をか陳ぜん、と怒らせ給ひける。番が言ふ所理明に證正くして、疑ひ悉く解けければ、簾の外に出でさせ給ひて、段々聞し召し屆けられぬ。以後を愼め、との上意なり。番、頭を疊に附けて拜して不㆑立。本多佐渡守正信御前に在りて罷立つて、忝き上意なり。皈りて此旨申聞せよ、とありけれ共、番猶不㆑立。正信、事濟みて不㆑起は故あるか、と被㆑尋。其時少し頭を上げ、正信の方を見て、憚多き申事に候へども、以後を愼めとの上意は、利隆が誤なき段、未だ聞召屆けられざる處有るかと存候。是より先に甞て過御座なく候へば、以後も亦只今の通に候。別に可㆑愼の事候はず、と申す。源君重ねて、已に利隆の誤なき事を知れり。更に疑を不㆑遣、との仰なれば、そのとき頓首再拜して皈る。正信以下座にある人々、大に番を嘆美せり。