索引:人物 › 亀田高綱
亀田高綱
本文表記 龜田・大隅・龜田大隅・龜田大隅高綱・半之丞・龜田大隅守
龜田大隅江戶の石壁を築きし事 卷之十九 · 5
- p01…江戶の石壁を築かるゝ時、淺野長晟仰を奉りて龜田大隅高綱を奉行とす。石壁成りて後崩るる事三度に及べり。台德院殿打廻り…
- p01…り。台德院殿打廻り御覽じて、何とて崩れしや、と仰せ有りしに、龜田謹んで、其事に候。大隅軍の時鴟の嘴の鎗を提げ先駈け候。陣遂に…
- p01…じて、何とて崩れしや、と仰せ有りしに、龜田謹んで、其事に候。大隅軍の時鴟の嘴の鎗を提げ先駈け候。陣遂に崩るゝ事は無く候。石は…
- p01…く候。石は無心物にて詮方無く候、と申す。事終りて鹿毛斑の馬を大隅に賜ひけるに、士の二毛の馬に乘る事や候。逃げたる事も無く候に…
- p01…利勝申上げられしかば、別の馬を換へて與へよ、と仰せられけり。龜田大剛の者にて、十文字の鎗下坂忠親が造にて、鞘は鴟の嘴に造り、…
永田治兵衞功名の事附樫井合戰の事 卷之二十三 · 33
- p02…たん、とて物見を出す。長晟の士大將淺野左衞門佐安松に來りて、龜田大隅に、疾く兵をあげられよ、といへり。又塙が物見乘歸りて、敵近く…
- p02…れず。塙怒りて、汝に先を駈させんや、と言ひて是も馬を乘出す。龜田は殿して引退く處に、透間も無く追懸けたり。大隅は討死までよと…
- p02…も馬を乘出す。龜田は殿して引退く處に、透間も無く追懸けたり。大隅は討死までよと思ひ定めて、石橋によりて十文字の鎗を橫たへ待ち…
- p02…引組みたり。橫井平左衞門、橫關新三郞駈寄りて山掛を討取りぬ。龜田を始として殿の者共、面も振らず喚き叫んで相戰ひしかば、大坂勢…
- p02…き、淺野左衞門、敵何方に向ふとも市場表にて一戰せん、といふ。龜田大隅、後の勝こそ大事なれ。四萬の敵を五千にて支へん事地利に依るべ…
- p02…いふ。淺野聞きて、敵の旗をだに見ずして北げん事然るべからず。龜田は引かれよ。我は引くまじき、といふ。龜田、我此所にて功名を遂…
- p02…げん事然るべからず。龜田は引かれよ。我は引くまじき、といふ。龜田、我此所にて功名を遂げずば討死せん、と誓言して出陣したれば、…
- p02…とて前田越前を以て事の由を申す。長晟、兩人の存ずる所尤なり。龜田は度々武功譽の物師なれば、先陣五千の下知は龜田心の儘にせよ、…
- p02…ずる所尤なり。龜田は度々武功譽の物師なれば、先陣五千の下知は龜田心の儘にせよ、と下知せらる。前田歸りて斯といへば、龜田淚を流…
- p02…下知は龜田心の儘にせよ、と下知せらる。前田歸りて斯といへば、龜田淚を流し悅びけり。軍兵を安松に引取る處に、淺野左近、同日向、…
- p02…して打立たず。其時塙は三百許の兵にて安松に馳入り火を懸くる。龜田は蟻通の北へ物見に出づる所に、淺野左衞門乘來り、汝が謀りし所…
- p02…に、淺野左衞門乘來り、汝が謀りし所甚だ感じ入りたり、といふ。龜田、物前の積り論ずる事は珍しからざる事なり、といふ。旗本の旗色…
- p02…て乘戾る。斯る所に上田主水來りて、今日の合戰如何に、といふ。龜田、昨日計りし如く樫井にて軍すべし。兎角旗本の旗色惡しく見ゆる…
- p02…。乘歸りて直されよ、といふ。上田乘歸ると旗色犇々と直りたり。龜田其後上田を感じけるは此事なり。龜田は南の町端に、左の池の堤に…
- p02…歸ると旗色犇々と直りたり。龜田其後上田を感じけるは此事なり。龜田は南の町端に、左の池の堤に、鐵炮五十挺伏せ馬より下り立ち、敵…
- p02…の堤に、鐵炮五十挺伏せ馬より下り立ち、敵を待つ處に敵駈來る。龜田思ふ程に引附け、下知して鐵炮を打するに、生死は知らず。騎馬の…
- p02…知らず、東の河原より步立の弓の者を率ゐたる大將馬にて乘來る。龜田河原へ乘出し、是は大坂にて誰の陣にてか候、と問ふ。岡部大學、…
- p02…馬上にて鎗たけに成りし時、大學馬を引返して北に向きて引退く。龜田、穢し返せ、と呼はり、一町許追捨てて樫井に歸り、此所にて討死…
- p02…を取り、鐵炮の者を集むるに、散々になり唯三人殘り止りぬ。三人龜田が前に來りて、腰拔共足纏になり候。落ちたるこそよけれ、とて少…
- p02…腰拔共足纏になり候。落ちたるこそよけれ、とて少しもひるまず。龜田大に賞する處に、上田一騎乘來り、先に鐵炮の音しけるに、早くも…
- p02…乘來り、先に鐵炮の音しけるに、早くも引取られたるよ、といふ。龜田聞きて、我と御邊と二人討死するならば屍の山をもなすべし。但州…
- p02…ひたる者駈來る。赤き物具は塙、黑き出立は塙が手の者なり。塙は龜田に向ひ、塙が從者は上田に向ふ。龜田立上り飛出でて鎗組みたり。…
- p02…出立は塙が手の者なり。塙は龜田に向ひ、塙が從者は上田に向ふ。龜田立上り飛出でて鎗組みたり。敵の鎗龜田が冑を二打三打うつ處を、…
- p02…、塙が從者は上田に向ふ。龜田立上り飛出でて鎗組みたり。敵の鎗龜田が冑を二打三打うつ處を、十文字の鎗にて、胸板又左の脇を突いて…
- p02…打三打うつ處を、十文字の鎗にて、胸板又左の脇を突いて突伏せ、龜田が士菅野兵右衞門來り首を取る。敵伏しながら菅野が足を切拂ふ。…
- p02…、上田が手の者二人助け來りて敵を討取る。上田は痛手負ひけり。龜田は猶進み出で、十文字の鎗を足にて踏直し居たる處に、又敵一騎突…
- p02…衞其首を取る。差物に谷下吉左衞門と書きたり。此時敵一人來りて龜田に向ふを、突拂ひたり。大坂方疎駈して、先陣の大將討たれしかば…
- p02…。大坂方疎駈して、先陣の大將討たれしかば敗北しけり。東照宮も龜田が此日の軍を殊に譽めさせ給ふといへり。龜田は父を溝口半左衞門…
- p02…北しけり。東照宮も龜田が此日の軍を殊に譽めさせ給ふといへり。龜田は父を溝口半左衞門とて、柴田勝家に仕ふ。大隅若き時は半之丞と…
- p02…せ給ふといへり。龜田は父を溝口半左衞門とて、柴田勝家に仕ふ。大隅若き時は半之丞といひて、十六の時初陣なりしが、柴田伊賀守に屬…
- p02…り。龜田は父を溝口半左衞門とて、柴田勝家に仕ふ。大隅若き時は半之丞といひて、十六の時初陣なりしが、柴田伊賀守に屬して、越前白鬼…
- p02…度々武勇譽れ高かりければ、京都にて台德院殿御前へ召し出され、龜田が働類稀なり、とて御腰物を賜り、上田も同じく賜物有りて賞せら…
- p02…なり、とて御腰物を賜り、上田も同じく賜物有りて賞せられけり。龜田後安藝東條の城主となり、一萬五千石を幸長與へらる。子細有りて…
淺野左衞門家人永田治兵衞働の事 拾遺 卷之二 · 3
この索引は編者の判断による比定を含みます。詳しく