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伊木忠次
本文表記 伊木淸兵衞忠次・伊木・伊木淸兵衞
攝津國花隈城落つる事 卷之四 · 5
- p01…を構へ、花隈の北諏訪が嶺には護國公、西の方金剛寺山には士大將伊木淸兵衞忠次、森寺淸右衞門忠勝、南の方生田の森には護國公の嫡子勝九郞之助…
- p01…せしが、是も組討にて首を取り給ふ。護國公敵五六人自ら討取り、伊木淸兵衞、秋田嘉兵衞、堀與左衞門、芳賀五郞右衞門、石黑武左衞門、佐橋…
- p01…角の柱の一丈餘なるを打振りて、敵を叩き伏せ相戰ふ。金剛寺山の伊木森寺も大手の軍烈しきを見て、搦手より乘つ取らんと押寄する。城…
- p01…勘兵衞は城兵の必ず突いて出づべき門脇に詰寄せたり。搦手よりも伊木、森寺先を爭ひ門を破りて攻め入りたり。森寺は今年の春案內は好…
- p01…敗北せり。兵庫の築島に雜賀孫一郞花隈の加勢として有りけるを、伊木、森寺先陣にて押寄せ攻め落す。此の時湊川にて勝九郞五輪作右衞…
岐阜城攻の事 卷之十二 · 1
- p02…駈け來りなば人馬の息切れて能き虜なるべし、と申しも果てぬに、伊木淸兵衞忠次、味方の旗は前に傾き陣の色黑みたり。敵は後に仰ぎて人の面白く…
山田多門兵衞幼年功名の事 卷之十二 · 1
- p01…阜に向ふ前、堀尾信濃守忠氏川岸に陣せらる。池田家先陣の士大將伊木淸兵衞忠次、使を以て、池田が者共川に打入りて後渡され候へ。今度の先陣は…
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