索引:地名 › 伊賀国上野
伊賀国上野
本文表記 上野・伊賀の上野
東照宮和泉國堺より御歸國の事 卷之五 · 1
- p01…夫より宇治橋の上一里許東の瀨を涉り、江州信樂に出でられたり。伊賀の上野鹿伏兎越を、伊勢の白子に至りて船に召され然るべからん、と定め…
渡邊數馬報讐始末の事 卷之二十四 · 5
- p05…り。數馬も又右衞門も、敵に覺られじ、と夜深く出でて、山籠して伊賀の上野小田町に暫の宿をかり、最期の酒宴して待ちかけたり。肴は無しや…
- p05…あらんと見えし、と人後に語りけり。七日の朝又五郞島が原を出て上野にかゝる。又五郞は思ふ仇なれば、數馬、討留むべし。甚左衞門は…
- p09…飛込んで又五郞を討止めたり。斯る處に、藤堂高次の士彥坂嘉兵衞上野に在りけるが、數馬が親類なりしかば駈來り、其外上野の士數多集…
- p09…彥坂嘉兵衞上野に在りけるが、數馬が親類なりしかば駈來り、其外上野の士數多集り、數馬、又右衞門主從とも嘉兵衞方に引取りぬ。又五…
- p09…勝五郞光仲の許に貰ひ賜はりたり。因幡に赴くにより同年八月七日上野を出る。藤堂玄蕃、弓五張組の騎士二十人、玄蕃が騎士五人、藤堂…
石井兄弟報讐の事 卷之二十五 · 1
- p03…とは努々存も寄らざるに、爰まで遁れ出たるは神の護、と伏拜み、伊賀の上野に出で、夫より山城の笠置の道を問ひ、伏見に赴き京に至り、諸國…
この索引は編者の判断による比定を含みます。詳しく