索引:人物 › 宇喜多直家
宇喜多直家
本文表記 直家・浮田直家・三郞右衞門
備前國龍口落城の事附浮田直家の事竝岡剛助高名 卷之二 · 44
- p01…祿年中備前上道郡龍口山の城に、最所治部元常といふ者あり。此時浮田直家旣に浦上を滅し、…
- p02…直家は和泉能家の孫なり。能家は元浦上掃部助村宗に仕へ、備前邑久郡…
- p02…、愚なれば牛飼童とせり。年經て召使ふ下女を配せて子三人あり。直家忠家春家是なり。天文五年興家死す。三子の中直家八歲なるが定善…
- p02…て子三人あり。直家忠家春家是なり。天文五年興家死す。三子の中直家八歲なるが定善が方にあり。弟二人六つと四つになりけるを、笠加…
- p02…定善が方にあり。弟二人六つと四つになりけるを、笠加の尼寺に、直家の母の姉比丘尼となり居たるに賴み置けり。直家物靜なる牛得なり…
- p02…、笠加の尼寺に、直家の母の姉比丘尼となり居たるに賴み置けり。直家物靜なる牛得なりしが、十一歲の比より俄に愚昧になりて、誠に菽…
- p02…一歲の比より俄に愚昧になりて、誠に菽麥をも辨へず。天文十五年直家十五歲に成りぬ。母の方に往けば母淚を流し、三人中にも兄なれば…
- p02…如何なる因果にて、斯く憂きことを見るやらん、と打萎れたるを、直家見て側近く居より、實に愚なるには候はず、といふ。母聞きて、汝…
- p02…聞きて、汝ほど愚ながらも猶賢しと思ふや、といよ〱歎く體なり。直家、此處に一の大事あり。誰にも語らせ給ふな。若し洩し給ふ程なら…
- p02…、其の事の叶ひ候まじ、と言へば、母其は如何なる事ぞ、と問ふ。直家、よく聞き給へ。祖父泉州をば島村が殺したりき。父仇を得討給は…
- p02…給ふな、と言ひたりしかば、母驚き且悅びて、密に宗景に告げて、直家初て仕へけり。直家斯る智謀有りし故、宗景寵愛し、乙子の城を預…
- p02…しかば、母驚き且悅びて、密に宗景に告げて、直家初て仕へけり。直家斯る智謀有りし故、宗景寵愛し、乙子の城を預けたり。此の時三郞…
- p02…直家斯る智謀有りし故、宗景寵愛し、乙子の城を預けたり。此の時三郞右衞門とぞ言ひける。此の比中山備中は沼の城に在りしが、宗景の心に反…
- p02…此の比中山備中は沼の城に在りしが、宗景の心に反く事あり、宗景直家に密談す。直家、某は中山が女を妻とし、婚姻の好み深き者なるに…
- p02…は沼の城に在りしが、宗景の心に反く事あり、宗景直家に密談す。直家、某は中山が女を妻とし、婚姻の好み深き者なるに、斯る仰を承る…
- p02…處なり。謀よくして島村中山二人を討つべし、と許したりしかば、直家、沼の城川の東に茶園畑といふ所あり、爰に茶店を設け、鷹狩に出…
- p02…て臥し、又沼の城に往きて、いと打解けたる親みをなせり。或る時直家中山に、此の川隔りて南の方に廻れば道遠し。茶園畑より直に川を…
- p02…時のみ架けなん物を、と言へば、備中易き程の事とて然したりき。直家謀り得たりと悅びて、宗景に告げて、沼より天神山の間に狼烟を擧…
- p02…られよ。狼烟擧げなば、島村が許へ使を馳せ、中山謀叛したる故、直家に下知して討せぬ。疾く沼に駈け向ひて、直家に力を合せよと下知…
- p02…中山謀叛したる故、直家に下知して討せぬ。疾く沼に駈け向ひて、直家に力を合せよと下知あらば、島村年老たれども、遠く慮るに遑なく…
- p02…事易かるべし、と日を約しぬ。斯くて其の日に及びて沼の鷹狩塲に直家有りて、日暮に成りて城に入り、獲り得たる鳥を出し酒宴に及べり…
- p02…り得たる鳥を出し酒宴に及べり。夜も甚く深けぬ。備中も醉たり。直家、我今夜は爰に臥すべし、と言へば、備中が士も座を退出でぬ。直…
- p02…家、我今夜は爰に臥すべし、と言へば、備中が士も座を退出でぬ。直家打臥す體にもてなし、思ひもかけぬ不意に備中を只一刀に伐殺し、…
- p02…打乘り、從兵七八人許にて沼の城に來る。城は疾く乘取りたれば、直家本丸に在りて門を閉ぢたり。島村斯る謀有りとも知らず本丸に入る…
- p02…出して鷹取山へ押し寄すれば、防ぐ者無くて退き、散々に成りぬ。直家の手段にて二人を殺し、之より勢强く沼の城に居りて、砥石には弟…
- p03…沼の城に居て元常と姻類なりしに、元常毛利家に談はれて直家に背く。直家討滅さんと思へども、龍の口は峯高く大川麓に繞り、…
- p03…城に居て元常と姻類なりしに、元常毛利家に談はれて直家に背く。直家討滅さんと思へども、龍の口は峯高く大川麓に繞り、要害よかりけ…
- p03…して落すべきやうもなく、矢津に砦を構へ、軍兵を籠め置きたり。直家岡鄕介と言ふ謀ある者に、密に手段を言ひ合せ、或時、直家、鄕介…
- p03…たり。直家岡鄕介と言ふ謀ある者に、密に手段を言ひ合せ、或時、直家、鄕介は云々の罪有り、搦來れ。首を刎ん、と言はれしかば、討手…
- p03…首を刎ん、と言はれしかば、討手の士行向ふに疾く出奔してけり。直家僞りて怒る事大方ならず。鄕介は備中に匿れ居たりけるが、西郡の…
- p03…中に、元常が密謀をも聞くばかりに愛せらる。岡今は時を得たりと直家に、日を定めて矢津の砦の軍兵を龍の口の本丸北の川向に出され、…
- p03…損じければ、元常が首を取り、隱し置きたる小舟に乘り、遁れ得て直家の許に歸る。元常死して後龍の口の城落たいければ、直家軍兵を入…
- p03…遁れ得て直家の許に歸る。元常死して後龍の口の城落たいければ、直家軍兵を入れ換へて守らせけり。…
- p04…又一說に、最所元常浮田家に從さりしかば、直家與太郞基家に長船紀伊守延原土佐守を添へて攻めさせらる。元常城…
- p04…基家も岡山に引き歸せり。城は險阻に據たり。手易く攻め難し、と直家家臣共と相謀るに、長船紀伊守修理は武略餘りあれど色を好む病あ…
- p04…賢き健者ならでは叶ひ難し、とて切りに岡淸三郞を見やりければ、直家とかく物言はで止みけり。さて程經て直家淸三郞を捕へて押籠置き…
- p04…淸三郞を見やりければ、直家とかく物言はで止みけり。さて程經て直家淸三郞を捕へて押籠置き、老臣共に、淸三郞は不義の振舞あり。首…
- p04…已に誅せらるべきを、家老憐みて爰に隱し置きたるにて候。洞簫は直家の猶子基家堪能にて、少し習ひて候ふなり、と申す。其有樣只人な…
- p04…に歸りけり。人々敵方の者なり。用心有るべし、と諫めけれども、直家さへ恐るゝに足らず、假令間者たりとも、我又彼に附きて謀をなさ…
- p04…ども指せども動かず。其の內に淸三郞岡山に易々と遁れ歸りけり。直家は、淸三郞が若年にて事よく遂げん事叶ひ難かるべし、生て還らん…
- p04…る物哉、と悔まれけるに、豐前淸三郞を打連れて元常が首を出す。直家大に驚き、且悅び且怪みて、其の功を賞せらるゝ事並々ならず、是…
- p04…田も自らの城を捨てて無謀の軍すべきに非ず。皆呆れたる計なり。直家其の勢を料りて龍口に押寄せたれば、城主を失ひたる者共心々にな…
- p04…士卒と共に落んも面目なし、とて三の廓にて腹切りて死しければ、直家火を掛けて燒拂ひけり。和田にも是が爲に士卒力を失ひて落ち散り…
- p04…も一時に陷りけり。又上道郡中島落城と龍口落城と一日の事なり。直家龍口より引返す時、中島の城を取り卷かれしに、城主中島大炊無勢…
遠藤喜三郞三村家親を打つ事竝備前明禪寺合戰の事 卷之二 · 11
- p01…浮田直家近國を攻め取らんとす。毛利元就備中松山の城主三村紀伊守家親に…
- p01…城主三村紀伊守家親に下知して、美作の三星の城を攻めさせらる。直家三村と戰ひなば、隣敵其の隙に寄せ來るべし。謀をもて三村を討ば…
- p03…先謀を廻らし、備前上道郡澤田の西妙禪寺の砦を攻め取るならば、直家沼の城を出て攻むべきなり。其の時後詰して軍すべし、とて撰りた…
- p03…を攻め取り、藥師寺彌五郞、根矢與七郞等を入れ置きたり。果して直家妙禪寺の砦を攻めたりければ、間に入りたる者松山に馳せ歸りて斯…
- p03…にて、首村ひやけばなにかゝり、岡山の北を過ぎ、原尾島村に出て直家が旗本へ押寄せ、一時に勝負せんとなり。三村元親は一萬人を率ゐ…
- p03…村の山を越え、沼の城を攻め取るべし、と謀を定めて押入りけり。直家は斯とも知らず、沼の城を出で古津の西宍井に陣して居ける處に、…
- p03…城に籠りたり。又大軍攻め來ると聞えければ、色めき騷ぎけるに、直家少しも萎縮まず嘲笑ひ、此の城だに攻破らば、敵は幾萬もあれ蹴散…
- p03…叫んで攻めければ、思切りたる三村が士共引組引組討死しければ、直家城に火を懸けさせ、三棹山に打上り、山上より遙に敵を見下して扣…
- p03…佐守が兵を追立て、浮田左京が朱の四半に兒の字の馬標を目がけ、直家の旗本なりとや思ひけん、馳せ入りて討死しける。首をば能勢修理…
- p03…の兵うら崩して、石川も竹田村に引き入らんと川上へ人數を纏む。直家兵を押下し高屋村まで進まれければ、石川は八幡村にて取つて返し…
- p03…掛くれば取つて返し、相支へて釣の渡を越え引取りけり。斯くて彌直家を討つて仇を報ゆべし、と志深くせし處に、光源院殿義輝を…
馬場重介武功の事 卷之十 · 10
- p01…て、十三歲にて邑久郡戶石の城主浮田大和守に奉公し、天文十四年浮田直家は乙子の城に在りて大和と軍あり。直家の士池田太郞三郞と岩法師…
- p01…に奉公し、天文十四年浮田直家は乙子の城に在りて大和と軍あり。直家の士池田太郞三郞と岩法師東北地村荷蓋の畠にて鎗を合せ、疵を蒙…
- p01…。無雙の剛の者なりとて、名を二郞四郞と改めさせられぬ。程なく直家、花房又七、近藤五郞左衞門、一說に六郞左衞門星野十郞を…
- p01…、と二郞四郞常に言ひけるとなり。是十七歲の事なり。後二郞四郞直家に奉公し與力六十人附けられたり。美作三星の城は、浦上宗景番手…
- p01…安藝の毛利家より附城を構へ、三村家親大將として度々合戰あり。直家より馬場を加勢として三星に籠めたり。馬場愛宕精進するとて、五…
- p01…先を並べ待ちかけたれば、靜々と引き返す。宗景感狀を與へられ、直家夫より重介と名を改めさせ、家の字をやられけり。備前上道郡妙禪…
- p01…り靡け、味方を助けて引き取れり。備前岡山の城主金光與次郞を、直家謀を以て殺し、城を取り得たれども、近き邊に敵多ければ、戶川平…
- p01…たり。重介、我代らん、といふに、何の子細か有べき、といふを、直家に告げて許しければ、重介が與力六十人一人も辭退する者無きに、…
- p01…行かん、と言ふより、戶川馬場三年岡山に在り。美作三の宮の城を直家一時に攻めらるゝ時、城主村上勘兵衞士卒六十人許にて突いて出る…
- p01…追討す。敵鎗を投突にしたるを奪ひ取つて歸る。高城にての軍に、直家重介を谷の受手とす。敵來らざれば谷より上る處に、山の半に鐵炮…
この索引は編者の判断による比定を含みます。詳しく