地名索引 › 伊勢亀山城
伊勢亀山城
本文表記 伊勢國龜山の城・龜山の城・龜山城
本多 第四上 · 1
- p004…に隨ひ參らせ、父に繼し年、三河國西尾城に移る、寛永十三年所領の地加賜て、伊勢國龜山の城に移る、五萬石、○是より先寛永五年高力攝津守忠房が母、望請て、兄…
石川 第四中 · 1
- p002…三千石に所領を分ち與ふ、宗十郞祖父に繼て、明れば慶安四年二月十一日、伊勢國龜山の城に移り、五万石承應元年十二月廿八日叙爵して、主殿頭昌勝といふ、寛文…
三宅 第四下 · 4
- p001…ふ、關が原の戰には、康貞康信父子、遠江國橫須賀城を守り、軍終て後、康貞伊勢國龜山の城を守る、慶長九年所領の地加賜て、本國加茂郡擧母の鄕に移り、五千石を加へ…
- p001…に供奉せずといふことなし、大坂の兵再起しには、淀の城を守る、元和五年の秋伊勢國龜山の城に移り、同六年八月所領の地加賜る、二千石寛永九年九月、龜山城に卒す…
- p001…勢國龜山の城に移り、同六年八月所領の地加賜る、二千石寛永九年九月、龜山城に卒す、其子大膳亮康盛父に繼く、寛永十三年常陸國新張の地に移り、これは…
- p001…子大膳亮康盛父に繼く、寛永十三年常陸國新張の地に移り、これは祿薄うして龜山の城守り難き故に、望み請てかくの如しといふ、新張五千石、擧母の地七千石、都…
板倉 第五 · 1
- p010…文元年十二月十八日に卒す、其子隱岐守重常父に繼て後、寛文九年二月十五日、伊勢國龜山の城に移る、五千石加へられて、五万石を領す、…
奧平 第六 · 2
山口 第六 · 1
- p001…等を宗徒の侍大將とし、都合其勢五千餘、同き三月九日嶺の古城に要害を搆へ、龜山の城を攻んとす、同十日秀吉の軍勢、嶺の城に押寄す、正勝重政、打て出づ、味方さ…
山岡 第十一 · 1
- p003…兵を籠め置く、神戶の城に向ひ羽柴下總守雄利が城を取て、城には番の兵を留め龜山の城に向ふ、岡本下野守宗憲も降參す、爰にも兵分ちて城守らせ、十月六日伏見の城…
蒲生 第十二上 · 1
- p003…と申せし御事なり、氏鄕の妹なり柴田亡び三七殿討たれ給ひ、秀吉氏鄕に伊勢國龜山の城を賜ふ氏鄕が請に依つて關右兵衞佐に賜ひぬ彼城は關が相傳の城なればなり…
加藤 第十二上 · 1
- p005…落ちし時、眞先に城に乘入り、同き年の六月山崎の合戰に先を懸け、十一年正月龜山の城にして善き敵の首を取る、近江新六といふ者五月志津が嶽の戰に先登七騎…
關 第十二下 · 4
- p001…時に至て安藝入道は、さる古兵なればとて召出され、三七殿に附けられて、本領龜山の城を賜りたり、入道二人の男子あり、嫡子は癈人なれば法師にせんとて、幼より比…
- p001…、心を合せ瀧川左近將監一益を賴て、二男を主になし立てんと、一益を呼び迎て龜山の城に立籠る、万銕齋入道父子都に上るに及ばず、路次より近江の國に趣き蒲生を賴…
- p001…道父子都に上るに及ばず、路次より近江の國に趣き蒲生を賴み秀吉の加勢乞て、龜山の城を攻め落す、秀吉城をば賢秀が男忠三郞氏鄕に賜ふ、氏鄕畏て累代傳領の地失は…
- p003…殿向はせ給ひし時、急ぎ御陣に馳せ参り關が原に戰ふ、其賞行はれて累代の本領龜山の城をぞ賜りける、三万石田丸は西に組みしければ家亡びぬ、同き十五年七月…
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