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大久保忠隣
本文表記 忠隣・相摸守・大久保・相摸守忠隣・大久保相摸守忠隣・大久保相摸守・大久保新十郎・忠泰・新十郞・大久保相模守忠隣・相模守藤原忠隣・大久保新十郞・新十郞忠泰・忠隣父子・相州
本多 第四上 · 3
大久保 第四中 · 81
- p001…相模守藤原忠隣は、粟田關白道兼公五代の後胤、下野國の住人宇都宮左衞門尉朝綱が末葉なり、…
- p003…政と申と云、或は三男なりとも云、三男甚四郞忠員、後には平右衞門是相摸守忠隣が祖父なりけり、四男彌三郞忠久と申す、家の系圖には、忠茂が子息等、初…
- p007…忠世行年六十三歲にて、文祿三年九月卒しぬ、嫡子相摸守忠隣父に繼く、忠隣初名忠泰新十郞と申生年十一歲より、德川殿に近く…
- p007…忠世行年六十三歲にて、文祿三年九月卒しぬ、嫡子相摸守忠隣父に繼く、忠隣初名忠泰新十郞と申生年十一歲より、德川殿に近く仕へ、生年十六…
- p007…年六十三歲にて、文祿三年九月卒しぬ、嫡子相摸守忠隣父に繼く、忠隣初名忠泰新十郞と申生年十一歲より、德川殿に近く仕へ、生年十六、堀川の戰に…
- p007…歲にて、文祿三年九月卒しぬ、嫡子相摸守忠隣父に繼く、忠隣初名忠泰新十郞と申生年十一歲より、德川殿に近く仕へ、生年十六、堀川の戰に初て敵を打…
- p007…懸し、三方が原の合戰に、御方散々に戰なつて、德川殿に隨ひ奉る人多からず、忠隣馬射られ、步行立になつて、少しも後れ參らせず、德川殿、御馬を引返し、落來…
- p007…ひしに、小栗取て返し、能き馬取て打乘り、頓て追付き奉る、いかに忠藏、其馬新十郞にや借すべきと仰ければ、承ると申て飛て下り、忠隣を助け乘す、小栗此日の…
- p007…奉る、いかに忠藏、其馬新十郞にや借すべきと仰ければ、承ると申て飛て下り、忠隣を助け乘す、小栗此日の戰に、鎗にて股をつらぬかる、血夥しく流れおつ、…
- p007…流れおつ、ちつともひるます、馬に添て、濱松に歸れり天正の初より、忠隣奉行職に參はり、國務の事を沙汰す、…
- p008…古き奉書に、大久保新十郞奉と書し者多し、信州村上の末流の家に傳へし古文書の中に、新十郞忠泰村上源…
- p008…に、大久保新十郞奉と書し者多し、信州村上の末流の家に傳へし古文書の中に、新十郞忠泰村上源吾國淸に送りし數通あり、其中三月九日と記せし書に、去月は其國に罷越…
- p008…に罷越、輝虎の見參に入し由を載たり、又德川殿より國淸に給りし御書に、此度大久保を差出さるゝの由にて、二月廿日と記さる、思ふに此事天正二三年の間にあるべ…
- p008…さるゝの由にて、二月廿日と記さる、思ふに此事天正二三年の間にあるべし、又忠泰松平左近將監貞政と連署して、國淸に贈れる書あり、謙信上洛のよし聞えて、其…
- p009…させ、森武藏守長一、黑母衣一揆、馬の鼻を並べ、山よりこなたに駈け落せば、忠隣眞先に進んで、能き敵二騎切ておとし、馬乘廻し〱、御手の兵の軍するやうを見…
- p009…馬乘廻し〱、御手の兵の軍するやうを見る、人々打取たる首ども差し上〱、まづ忠隣に見す、長一が陣既に破ると見て、又池田紀伊の入道が陣に馳入る、步行立の敵…
- p009…に破ると見て、又池田紀伊の入道が陣に馳入る、步行立の敵、鎗取て駈け向ふ、忠隣も取直して、互に突く、敵の槍、むかふざまに冑の內に突入し程に、忠隣あをの…
- p009…向ふ、忠隣も取直して、互に突く、敵の槍、むかふざまに冑の內に突入し程に、忠隣あをのけに馬より落ち、敵頓て其馬に打乘て、逃け延びぬ、此時忠隣が乘たる…
- p009…し程に、忠隣あをのけに馬より落ち、敵頓て其馬に打乘て、逃け延びぬ、此時忠隣が乘たるゑのこ較といふを、後に池田が侍土肥權左衞門といふものゝ許より返…
- p009…侍土肥權左衞門といふものゝ許より返し贈る、されば此敵は土肥なるべし、忠隣が郞等、また宮地彥九郞主失うたる馬取て、我主を乘す、敵陣悉く破れし…
- p009…、また宮地彥九郞主失うたる馬取て、我主を乘す、敵陣悉く破れしかば、忠隣味方の御勢を止て、御前に參り、人々の高名不覺、糺してけり、此日忠隣に續き…
- p009…かば、忠隣味方の御勢を止て、御前に參り、人々の高名不覺、糺してけり、此日忠隣に續きし郞等下部、打取首十二、生捕壹人とぞ聞えたる、天正十四年十二月四日…
- p009…へ御舘移さる、俄の事にてはあり、年も暮れんとす、家移す御家人一人もなし、忠隣ばかりぞ移る、德川殿も悅ばせ玉ひ、人々も皆感じあへり、創業記には、駿府…
- p009…なむ、參らせ給へ、よべより仰らるべきを、聊か事にまぎれてぞと宣ひ遣さる、忠隣頓て心得て、御使に對面して、忠隣謹て仰せ承りぬ、秀忠いまだ幼なく、いつも…
- p009…べきを、聊か事にまぎれてぞと宣ひ遣さる、忠隣頓て心得て、御使に對面して、忠隣謹て仰せ承りぬ、秀忠いまだ幼なく、いつも日たけて起きぬ、御返事遲々に及ば…
- p009…けて起きぬ、御返事遲々に及ばん事、憚少からず、まづ御使をば返し、訖んぬ、忠隣仰を傳て、頓て參らすべきにて候とて、御使を返し、土井甚三郞利勝を御供にて…
- p009…中納言殿をば、窃かに伏見の御館に入れ參らせ、大炊頭が傳合見るへし、忠隣は留まる、關白の御使、度々に及ひて後、忠隣又對面して曰く、秀忠兼てより云…
- p009…、大炊頭が傳合見るへし、忠隣は留まる、關白の御使、度々に及ひて後、忠隣又對面して曰く、秀忠兼てより云合はする人有て、茶の會せんとて、今朝の曉、…
- p009…く、秀忠兼てより云合はする人有て、茶の會せんとて、今朝の曉、伏見に趣き、忠隣さる事ありとも存せず、例の日たけて起る事よと心得て候ひき、今こそかくとは…
- p009…時に軍起る、中納言殿、宇都宮より引返し、山道より攻め上り玉ふ、榊原康政、忠隣父子、子息加賀守忠常、此時新十郞といふ、本多正信佐渡守隨ひ奉る、…
- p009…守隨ひ奉る、眞田安房守昌幸、上方に心合せて、信州上田の城に立籠る。康政忠隣まづ手合に眞田が伊勢崎の要害を落す、八月五日先陣の軍勢等粮料の爲に、敵の…
- p009…多勢に恐れて、打出る事は、よもあらじ、只打捨て御通りあれと申ければ、康政忠隣、佐渡守が計ひに、若くべからずと申す、明れば七日御勢又稻刈らんと、爰かし…
- p009…城中の兵、城戶押開て打て出づ、御方散々になつて馳歸る、追詰〱討たんとす、忠隣幷に牧野右馬允康成が兵、同じく取て返す、城中より是を見て、味方うたすな、…
- p009…ひつ返しつ火出るまでぞ戰うたる、敵は怺へず引返す、透間もあらせず追詰て、大久保牧野が兵二人、城の堞に飛のぼり、味方つゞけ、城は落ちぬと呼はつたり、大…
- p009…保牧野が兵二人、城の堞に飛のぼり、味方つゞけ、城は落ちぬと呼はつたり、大久保が兵は、杉浦平太夫と云旗奉行なり、牧野が兵は牲掃部といふ者なり、かゝ…
- p009…に申て、拔がけして城攻めたる輩、軍法に任せて、速に誅せらるべしとて、まづ忠隣康成が兵既に城に乘たる上は、首を刎べしと下知す、牧野が嫡子新二郞忠成時…
- p009…聞て、彼郞等を具して逐電す、父右馬允康成罪蒙る、牧野が傳に詳なり、忠隣が嫡子新十郞忠常も、彼の城に登りし兵、杉浦ぐして失せんとす、杉浦聞て、御…
- p009…番の人々にも、罪蒙りし人多し、これより御家人等、佐渡守を恨み、また大久保本多が不快、此時に始りしなどゝも申なり、大御所杉浦が忠死を感し玉ひ、其…
- p009…の冬、大坂の西城に入らせ給ひし時、御代繼の事を議せらる人々申旨ありしに相摸守が申旨に因て、大相國家に定めらると、よく尋ぬべし、明れば慶長六年の秋、…
- p009…大納言家の姫君、大相國家此時には權大納言、加賀國へ入らせ給ひしに、忠隣して送らせらる、七年の五月佐竹が仙北に徒されし時、忠隣正信、常陸國に向て…
- p009…へ入らせ給ひしに、忠隣して送らせらる、七年の五月佐竹が仙北に徒されし時、忠隣正信、常陸國に向て、國制を定む、忠隣男子七人あり、嫡子新十郞忠常、加賀守…
- p009…、七年の五月佐竹が仙北に徒されし時、忠隣正信、常陸國に向て、國制を定む、忠隣男子七人あり、嫡子新十郞忠常、加賀守に任し、所領賜ふ、二萬石、忠常文祿…
- p009…死、六男主計忠尙、七男刑部忠村と云、或は淸左衞門と申し早世すと云忠隣十一歲にて初て仕へしより、奉公の勞つもりて、六十二歲に及び、忽に罪蒙れる…
- p009…び、忽に罪蒙れる身となりぬ、人其故を知らず、たとへば慶長十九年正月五日、忠隣小田原の城を立て、都に上る、是れ大御所の仰を蒙て、西洋耶蘇の法、禁ぜんが…
- p009…云て彼國の師二人、資財打捨て、西を差して逃げ行く、同き十九日關東にては、忠隣が男等を召して、本多佐渡守正信、仰を傳ふ、抑去年忠隣が養女を以て、山口伊…
- p009…き十九日關東にては、忠隣が男等を召して、本多佐渡守正信、仰を傳ふ、抑去年忠隣が養女を以て、山口伊豆守重信が妻とす、かねて兩御所の御聽にも達せず、執事…
- p009…の御聽にも達せず、執事の身として、始に憲法を犯す、其罪殊に輕からず、先づ忠隣が身は、其所領を收め、近江の地に移され、井伊兵部少輔直勝に預られ訖んぬ、…
- p009…に廿一日安藤對馬守重信、御使を承り、宗徒の人々引具し、小田原に向て、忠隣が郞從等追却し、城郭を毀つ、外郭を破て、本城を止めらる、同廿四日佐…
- p009…城郭を毀つ、外郭を破て、本城を止めらる、同廿四日佐渡守正信父子等、忠隣に配流の奉書を下す、兼てより板倉內膳正重昌、父に久しく對面に及ねば、身の…
- p009…より板倉內膳正重昌、父に久しく對面に及ねば、身の暇賜て上洛すと披露して、忠隣に先だつて、都に上り、去年十二月十四日に、江戶を立つ父伊賀守勝重に…
- p009…四日に、江戶を立つ父伊賀守勝重に仰を傳ふ、勝重既に其期に及びしかば、相摸守が旅舘に行向ふ、忠隣折ふし象戯に對し居たりしが勝重を坐に請し、忠隣配流の…
- p009…父伊賀守勝重に仰を傳ふ、勝重既に其期に及びしかば、相摸守が旅舘に行向ふ、忠隣折ふし象戯に對し居たりしが勝重を坐に請し、忠隣配流の御使たるよし、さきに…
- p009…ば、相摸守が旅舘に行向ふ、忠隣折ふし象戯に對し居たりしが勝重を坐に請し、忠隣配流の御使たるよし、さきに承り訖んぬ、流人の身となつて後、かゝる戯あるべ…
- p009…ばとて、謹て仰を承り、さなきだに此間洛中洛外、物騒しかりしに、京童ども、忠隣罪蒙ると聞て、すはや事の起るぞとて、資財雜具等、こゝかしこに持運ひ、以の…
- p009…、すはや事の起るぞとて、資財雜具等、こゝかしこに持運ひ、以の外に騷動す、忠隣此よし聞て、おのが弓箭兵伏、悉く束ね縛て、伊賀守が許に送る、家子郞等皆暇…
- p009…同三月佐野修理大夫、九月安房侍從、里見なり二人共に所領沒收せらる、忠隣が緣坐なり、扨も忠隣は二月二日近江國に趣き、南光坊の僧正に就て、一紙の告…
- p009…九月安房侍從、里見なり二人共に所領沒收せらる、忠隣が緣坐なり、扨も忠隣は二月二日近江國に趣き、南光坊の僧正に就て、一紙の告文を捧く、大御所くり…
- p009…紙の告文を捧く、大御所くり返し〱御覽して、兎角の仰出さるゝ旨もなければ、忠隣重て又訴ふる事もなし、斯て配所に年經て後、預人掃部頭直孝が時に至て、ある…
- p009…しけれ、申披き玉ふべき旨あらば、直孝が身に替て、執し申べきにて候と勸む、忠隣聞て、御芳志の程、山よりも高く、海よりも深し、たゞし忠隣罪なからんには、…
- p009…きにて候と勸む、忠隣聞て、御芳志の程、山よりも高く、海よりも深し、たゞし忠隣罪なからんには、如何でかゝる身とは成るべき、たとへ申披くべき旨ありとも、…
- p009…にこそ候へ、たとへ下を憐み玉ふ、御惠こう深からめ、何ぞ御孝行とは申べき、忠隣またおのが罪まぬかれんとて、さしも當代の太祖にて、終に御過ち無かりし御事…
- p009…けれと云ひしかば、直孝重ねていひ出ぬべき言葉もなく感淚にむせび立出しが、忠隣終に配所にて、はかなくなるこそ哀なれ、…
- p010…忠隣罪蒙りし事、さだかに知る人なし、故に世の人色々の說多し、一つとして信を取…
- p010…に註す、○慶長十八年の春、山口但馬守が所帶を沒收せらる、其よしを尋るに、大久保相摸守が妻は、石川日向守が娘なり、相摸守我妻の姪なれば、日向守の男長門守が娘養…
- p010…帶を沒收せらる、其よしを尋るに、大久保相摸守が妻は、石川日向守が娘なり、相摸守我妻の姪なれば、日向守の男長門守が娘養て、山口但馬守が子に嫁したり、將軍…
- p010…條、一方ならずとて、かく罪に處せられ、山口一通の書を捧て、訴ふる旨あり、相摸守大に怒れりと云々、山口が書の旨、また相摸守が怒りし事、何事といふ事は詳な…
- p010…一通の書を捧て、訴ふる旨あり、相摸守大に怒れりと云々、山口が書の旨、また相摸守が怒りし事、何事といふ事は詳ならず、又相摸守が孫女の夫、里見安房守が罪狀…
- p010…りと云々、山口が書の旨、また相摸守が怒りし事、何事といふ事は詳ならず、又相摸守が孫女の夫、里見安房守が罪狀を按ずるに、曰く相摸守が許に、足輕の兵並に兵…
- p010…といふ事は詳ならず、又相摸守が孫女の夫、里見安房守が罪狀を按ずるに、曰く相摸守が許に、足輕の兵並に兵糧馬の飼料等を送りし事、第一の條に載せらる、思ふに…
- p010…馬の飼料等を送りし事、第一の條に載せらる、思ふにこれは、山口が書を捧け、相摸守か怒りし時にや、相摸守が怒りしは、山口に對して怒りしやうに見ゆ、上に向ひ…
- p010…第一の條に載せらる、思ふにこれは、山口が書を捧け、相摸守か怒りし時にや、相摸守が怒りしは、山口に對して怒りしやうに見ゆ、上に向ひ參らせし事とは見えず、…
- p010…渡守に申事あり、この馬塲といふ者は、元は甲州武田が士、年頃御勘氣を蒙て、相摸守に預られて、小田原の城にあり、相摸守に我罪申披て給はれといへど、事叶ざる…
- p010…元は甲州武田が士、年頃御勘氣を蒙て、相摸守に預られて、小田原の城にあり、相摸守に我罪申披て給はれといへど、事叶ざるを大に恨みて、年月を送りしに、此春養…
- p010…れといへど、事叶ざるを大に恨みて、年月を送りしに、此春養女の事によつて、相摸守も御前よからぬと聞て、大に悅び、急度案じ出だしけるは、本多、日比大久保と…
- p010…、相摸守も御前よからぬと聞て、大に悅び、急度案じ出だしけるは、本多、日比大久保と不快の沙汰あれば、此人に就て、相州が事、讒して、御恩を蒙るべしと思ひす…
- p010…、急度案じ出だしけるは、本多、日比大久保と不快の沙汰あれば、此人に就て、相州が事、讒して、御恩を蒙るべしと思ひすまして、八十有餘の馬塲が、いく程のよ…
- p010…ふさまに書認めて、彼御館に參りて捧しかば、俄に此處より江戶へ返させ玉ひ、相摸守をして、都にのぼり、邪法を禁ずべしと仰下され、都に上りし跡へ、御使ありて…
- p010…いふもよのつねならず、同日、將軍家も江戶へ、歸らせ玉ひ、將軍家奉行職に、相摸守父子と音信を通ずまじき由の起證文を奉らしめらると云々、此外には、本文に記…
- p010…記せるが如し、大略此趣に依て、此獄の事は、推して知るべきものか、○又世に大久保をば、本多が讒せしが、其報ひにて、其子上野介同じやうなる罪に逢うて、永く…
- p011…加賀守忠季は、故加賀守忠常が子、相摸守忠隣が孫なり、八歲にして父に離れ、祖父が罪蒙りし時、別の仰あつて、父忠常が遺…
- p012…月七十七歲にて卒す、世嗣なければ、家も絕え、城も除かれぬ、折ふし忠隣罪蒙りしかば、忠佐が家もれのづから絕たりといふ、…
石川 第四中 · 2
牧野 第四下 · 1
- p003…信申すに就きて、去りし七日に、上田の城先懸し、旣に城に攻上りしつはもの、大久保相摸守牧野右馬允二人が郞等、まづ速かに誅すべさよしを仰せ下さる、新二郞忠成、是…
土井 第五 · 3
土屋 第六 · 1
- p006…夏御陣の事を疑ひて記せしやうなれば、土屋西郷が守りしは此事か、慶長十九年大久保相摸守配流の後の事にや、…
山口 第六 · 2
秋田 第八下 · 1
- p006…義光、實季石田等に與みせし由を訴ふ、頓て義光實季を、關東に召决せらる、大久保相模守忠隣が家にて對決せり、實季陳じて、實季元より當家に對し參らせ、二心を存ぜ…
高力 第十一 · 1
- p003…が舍弟河內守長次を御使になされ、白銀二百枚賜て賞せらる、同き十九年の春、大久保相摸守忠隣流刑に處せらる、忠房宗徒の人々と相摸國に向つて小田原の城を受取る、此年の…
里見 第十二上 · 3
關 第十二下 · 1
- p003…の程は無勢なり、力なく大坂の催促に隨ひ、當國の人々と尾張犬山の城に籠り、大久保相摸守忠隣本多中務少輔忠勝が許に使立てゝ、御勢攻め上らんを待て、御方に馳せ加るべき…
佐野 第十二下 · 1
- p003…し時、信吉東國の御方として、おのが城に留りて奧の敵を防く、同き十九年三月大久保相摸守忠隣が緣坐に依て、江戶の城に召し戒められ佐野の城を破却せられ、同六月廿八日信…
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