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家一覧 › 第十一 › f165

酒井

第十一 · 段落 3 · 780525 81コマ Lから

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人物 8 6 1 1 1 1 1 1

地名 1 1

山城守源重隆は雅樂頭忠世が子、實は金森出雲守可重が子也、童の時より左大臣家に仕へ奉り、堀田加賀守正盛と一双の寵臣にて、官も職も互に上たらず下たらず、凡そ賞祿賜ふも正盛給ふ日は重隆同く給ひ、重隆が給ふ時は正盛給はらずと云ふ事なし、正盛祿三万石に至りし時、重隆も同き日に三万を賜ふ、いづくを領せしにや定かならず如何なる故にや重隆身の煩ある由を申て、籠り居て年を經し後、忽に罪かうふりて備後の國に流され、水野日向守勝成に預けらる、
世に傳ふるは重隆籠居せし中に、かの妻男子二人を設け、妾の子また二人を生みぬ、これを聞く人、重隆が病と稱すること詐れるなり、身奉公の勞にだに堪へずして如何にかく多くの子まうくべき、彼が病たゞ酒と色とに在りけんなど云ひし程に、御不審かうふりしと云ふ也、