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尾張国楽田
본문 표기 樂田
酒井 第四上 · 4
- p007…の輩に、我が國の軍の樣を見せ候はゞやと申て、東參河の人々を引ぐして、まづ樂田羽黑五郞丸の在々所々、夥しう燒たてゝ、武藏守が陣に押寄す、長一八幡の森を…
- p007…宗徒の人々あまた小牧山に留めらる、御方勝軍せしと聞えし程に、秀吉の多勢、樂田を立て、長湫の方に馳せ向ふ事引きも切らず、忠次人々に向て、戰ひ勞れたらん…
- p007…德川殿既に小牧に引かへし玉へば、此日の軍は、さて止みぬ、明れば十日、秀吉樂田に取て返へし、小松寺山に陣を取る、凡そ敵勢のいくらといふ數を知らず、西は…
- p007…、西は日保曼陀羅寺、東は二重堀の要害より、小松寺山に打續き、北は靑塚尾口樂田に至るまで、雲霞の如くみち〱て、七が所に陣を分ちたり、御方纔に壹萬八千人…
本多 第四上 · 1
- p008…、秀吉の籏、門外に押立てたり、二番三番押つゞいて、十六番迄出ぬれは、秀吉樂田を立て、長湫をさして馬を馳す、後陣は猶引もきらず、忠勝この時は小牧の御陣…
大久保 第四中 · 1
- p012…頓て秀吉朝臣、僞て北畠殿と中直りし、又みづから四万五千の軍勢を引率して、樂田の邊に發向あり、德川殿淸洲の城にて、此よしを聞召し、鞭鐙を合せて駈向ひ玉…
石川 第四中 · 1
- p002…は、小牧の御陣に從ひたり、長湫の合戰、上方の軍既に利を失ひ、秀吉の多勢、樂田を打立て、長湫に向て馳す、本多平八郞忠勝、戰ひ勞れたらん御方の、荒手の多…
池田 第七上 · 1
- p006…太郞秀政を加へて、同き六日の夜半より打立つ、秀吉も、かさねて犬山を立て、樂田に陣を移さる、同き九日のあした入道岩崎の城を攻め落し、心よげに首ども實檢…
稻葉 第十上 · 1
- p004…く引て歸りけり、同き四月長湫の戰ひ、味方又悉く討ち破られぬと聞えて、秀吉樂田の陣を立て、龍泉寺の邊りに馳せ來り、德川殿既に小幡の方に入らせ給ふと聞て…
石川 第十二下 · 1
- p004…初め長湫の戰に池田森討たると聞て、秀吉樂田の陣を去て長湫の方に馳す、小牧の御陣に留められし人々、戰ひ勞れたる味方、…
색인은 본문을 읽고 사람·지명 등에 개체 ID를 붙인 것입니다(표본 점검 정밀도 약 98.6%). 같은 이름의 다른 사람은 괄호로 구분했고, 지면 표기가 다른 비정은 문맥 주석에 적었습니다. 자세히