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日向国
본문 표기 日向・日向國・日向の國・日州
越前 第一 · 1
- p001…五年の春、參河守殿御年十四歲、關白殿と共に、筑紫に渡り、一方の大將にて、日向國を平け、十六歲の御時、伏見の馬場に出で馬めされしに、殿下の御厩の預り、守…
藤堂 第七下 · 1
- p001…れて、合せ一万石を領せしといふ、かくて紀伊阿波等の亂を平げ、筑紫の陣に日向の國の先陣して敵を破る、初め秀長大納言、丹羽五郞左衞門尉長秀が二男仙丸を養て…
嶋津 第八上 · 11
- p001…着て、莊內に移る、右大將家の御敎書に任せて、薩摩の國は云ふに及はず、大隅日向の國人等、守護の下知に隨はざる輩、悉く退治して、其後薩摩の國鹿兒嶋に住す…
- p002…承三年に生れて十八歲の時、建久七年七月一日、薩摩の國に下向して、薩摩大隅日向等の守護となり、嘉祿二年三月廿一日、六十歲にて卒す、忠久、畠山重忠の娘に…
- p002…の記に、九月二日比企判官能貞が討れし時、同四日嶋津左衞門尉忠久、大隅薩摩日向の守護職を收公せらる、能貞が緣坐故也と云々、然れば此時に、彼國々の守護職…
- p003…、三男左衞門尉歲久、四男中務大輔家久とぞ申ける、嫡男義久、家を繼き、大隅日向を始として、筑前筑後肥前肥後豐前の國に至るまで、悉く打從へ、大友左衞門督…
- p003…入道宗麟を滅して、豐後の國をも併せんとす、豐臣關白天下を知召しゝ初、前の日向國の守護伊東三位入道の舍弟民部大輔祐兵、殿下に給仕して、本國安堵の事を望み…
- p003…べき由を申す、關白殿聞し召して、大隅薩摩は本領なれば、相違あるべらず、又日向肥後筑後、各半國を賜はるべし、日向の地半國は、伊東が本領なれば、彼に賜ふ…
- p003…隅薩摩は本領なれば、相違あるべらず、又日向肥後筑後、各半國を賜はるべし、日向の地半國は、伊東が本領なれば、彼に賜ふ、豐前の國に筑後肥後の半をば、大友…
- p003…、先陣既に長門國赤間が關に着くと聞えしかば、義久が軍勢、豐後の國を去て、日向の國にて防き戰はんとす、又關白の御使として、興山上人、一色の何某と共に府內の…
- p003…大納言秀長、山陰山陽等の勢を引率し、伊東祐兵を案内とし、豐前豐後を經て、日向の國に向ひ、關白、畿內畿外南海北陸等の勢を帥る、筑前筑後を經て、薩摩の國に攻…
- p003…久を始として、宗徒の家人郞等、みな見參に入る別の仰ありて、大隅七郡日向二郡の地を分ちて、兵庫頭義弘父子、幷家人伊集院新納等に下し賜はる、…
- p003…攝津國住吉に至て、大坂に在りし父子の妻子、悉く取て、船五十餘艘に取乘り、日向の國に着きにけり、去程に、加藤肥後守清正、關東の御方として、同國宇土の城を攻…
秋田 第八下 · 1
- p003…云々、日本書記を按ずるに、神日本磐余彥天皇、甲寅の年、自ら皇師を率ゐて、日向國を立て、東征し給はんとて、此年安藝國に到りて、乙卯年、吉備の國に入り戊午…
丹羽 第八下 · 1
- p003…關白に成り給ひし時、長重をも侍從になさる、同き十五年、筑紫の軍に隨ひて、日向國に向ふ、家人等が軍法に背きし事ありとて、又近江の地をも奪ひて、僅に所領付…
伊東 第九下 · 9
- p001…代の孫工藤左衞門祐經が男大和守祐時、童名犬房丸右大將家の命に依て、日向國の地頭職を賜ひ、其曾孫安藝守貞祐、讚岐國南城山西方の地頭職に補せらる、…
- p002…衞門尉祐持が時に、尊氏將軍に隨ひ、建武四年四月の頃、東國伊豆國より、初て日向國に下向すと云々、其家の系圖とは、大に異なり誤り傳へしにや、…
- p003…和守祐武、肥前國進庄西浦宇良村田等の地頭職を賜る、其子大和守祐堯に當て、日向薩摩大隅の國人等、嶋津澁谷を除くの外、悉く伊東が家人たるべき由、寛正三年…
- p003…違命の輩を打隨へて鎭西に威を震ふ、島津家譜に云く、祐堯が時、文明十二年、日向の國人佐土原、三宅、富岡、平田等十二頭の敵を討滅し、同き十七年四月廿八日…
- p007…事あれば、若侍共悉く主に背き、終に合戰に及ひ、若侍共打負て落失せぬ、是を日州の若者亂と云ひしなり、祐充天文二年八月廿八日、廿四歲にして卒しぬ、…
- p010…津家譜には二十四歲と云ふ元龜三年の夏、島津兵庫頭忠平、後に義弘日向の國に向ふ、伊東が軍勢、飯野の邊に出て迎ひて戰ひ、宗徒の兵五百餘騎討死す、家…
- p010…を謀る、明れば天正六年九月、大友左衞門督義鎭入道宗麟、數万騎を引率して、日向の國に向ひ、同十一月十二日、耳川の邊にて、島津兄弟と戰ひ、一戰に利を失ひ、散…
- p011…記す、但し大友記龍造寺記、并に九州の事、記せる諸記等を、合せ考ふに伊東が日向を失ひしは、三位入道が時の事とす、中にも大友記に記する處、詳なるに似たり…
- p012…は彼國の案内者なればとて、大和大納言秀長卿の御手に附けられ、先陣を承て、日向國に向ふ、伊東累代の家人等、此所彼所より馳せ集りて、程なく軍勢數千人に及ぶ…
有馬 第九下 · 1
- p013…も、其風俗に習ひ、邪法を行ふ、故に直純他國に移らん事を、望みしに依つて、日向國に移されし程に、家人等斯く移る事を願はずといふ、…
색인은 본문을 읽고 사람·지명 등에 개체 ID를 붙인 것입니다(표본 점검 정밀도 약 98.6%). 같은 이름의 다른 사람은 괄호로 구분했고, 지면 표기가 다른 비정은 문맥 주석에 적었습니다. 자세히