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朝鮮釜山
본문 표기 釜山・釜山港・釜山浦・釜山の港
伊達 第七下 · 1
- p011…明れば文祿二年三月政宗、淺野左京大夫幸長と、朝鮮に渡りて、手合にまづ釜山の邊りにて、朝鮮の兵八十三が首切て獻り、今年七月諸大名と共に、晋州の城を…
加藤 第七下 · 1
- p001…日、本朝の人々、太閤の仰を承り、五月廿二日より、大坂を立ちて、七月七日に釜山港に着き、同き十五日に、此舟軍はありしといふ、然れば、豐臣家譜に、春の事の…
藤堂 第七下 · 2
毛利 第八上 · 1
- p007…向ひ、六月廿九日晋州の城を攻落し、打取る首一万餘、名護屋の御陣へ獻り、又釜山浦の戰に、勳功を顯はす、此勳賞に參議從三位になさる、是は毛利家傳記の說な…
脇坂 第十上 · 1
- p001…鮮の軍起る、安治又嘉明嘉隆等と、海路の先陣を承て押渡り、王城に攻め入る、釜山より王城に向ひて、道路やゝもすれは差塞り、味方の往來穩ならず、安治が計ら…
宗 第十上 · 1
- p013…同き十四年より、昔の如く對馬の船、年毎に二十艘を朝鮮に渡し、釜山港にして交易の利を通せんことを約し、十七年に至りて又其船の數を添ふ、彼國よ…
金吾 第十二上 · 1
- p003…し給はず、秀秋太閤の仰蒙て城を築くこと九箇所、軍勢を籠め置て同三月十七日釜山の港に船を泛へ四月四日大坂に着き、明れば五日伏見の城に參らる、秀秋に隨ふ所の…
加藤 第十二上 · 1
- p005…りしとも云ふ也かゝる所に日本大明和親の事起りて、王城に在りし味方悉くに釜山港に引返し、兩王子をも朝鮮に返さる、清正和親事ゆくべからず、我功必空かるべ…
색인은 본문을 읽고 사람·지명 등에 개체 ID를 붙인 것입니다(표본 점검 정밀도 약 98.6%). 같은 이름의 다른 사람은 괄호로 구분했고, 지면 표기가 다른 비정은 문맥 주석에 적었습니다. 자세히