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西国
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松平(長澤) 第二 · 1
- p004…る、十四年十一月、嶋原の賊徒起て、板倉內膳正重昌、追討の御使を承て向ひ、西國の軍勢を催して、攻けれども、城落ちず、信綱重て御使を承る、明れば十五年正…
本多 第四上 · 1
- p006…に依る所なり、東國の事、おことましませば、信長思ひ置く事なし、是よりは、西國盡く平げなんと存じ、まづ四國を退治せよとて、三男信孝、後に美濃の屋形…
本多 第四上 · 1
- p003…りし時に、信長の使者木下藤吉爰に來り迎へて、志賀表の事は終りぬれど、西國迄の聞えなれば、彼表迄來るべしといひしかば、志賀表に參陣すといふ、同…
內藤 第四中 · 1
- p005…城を請取、父に繼て後、大坂の兵起りし時、馳向て城を攻め、再ひ兵起しには、西國通路の要害なればとて、尼が崎の城に信政を込めらる、元和五年、大坂の城、修…
板倉 第五 · 1
- p011…十一月肥前國嶋原の賊徒起りし時、追討の使を承て馳向ひ、明る十五年正月元日西國の諸軍勢を率る、城を攻て討死す、其年五十一歲、嫡子主水重矩年廿一歲、父と…
柳生 第六 · 1
- p004…も、恐れ敬れて候はんには、誠に能き御使にこそ候べけれ、今の重昌の身にて、西國の大名等の軍勢を催して城を攻めんに、一度は御使を承たるに恐れて、其下知に…
細川 第七下 · 1
- p008…事あるべからず、若し年來の功を賞せられんがために賜らば、縱令小國にても、西國をこそ賜ふべけれと、申ければ、さて止みぬ、…
藤堂 第七下 · 1
- p002…るは、おことは定て自ら功多くして、賞の少きなるを憤り思ふべけれども、誠は西國の內にして、大國一つ賜ふべき由、兩御所の仰ありしに、正信止め申せしなり、…
毛利 第八上 · 2
鍋島 第八上 · 1
- p006…はいふに及はず、大坂の軍起りしには、勝茂馳上て城を攻む、再ひ軍起りし時、西國の軍勢は、嶋津が船出さざらん程は參るべからずと仰せ下されしに依つて參らず…
九鬼 第九上 · 1
- p003…至て、四國九州の輩が、大坂に往來せし海上の通路を差塞く、同き十一月六日、西國の兵船六百餘艘、木津浦に寄來る、九鬼兵船を揃て、乘り向ふ、陸に陣せし御方…
有馬 第九下 · 1
- p015…家の舊領なりき、それへ賊徒の立籠りしなり、但し原の字は、はると云ふべし、西國の方語なりと云ふ、…
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