인물 색인 › 鳥居元忠
鳥居元忠
본문 표기 元忠・鳥居・彥右衞門元忠・鳥居彥右衞門元忠・鳥居元忠・鳥居彥右衛門尉元忠・鳥居彥右衞門尉元忠
水野 第三 · 1
- p001…催促に依て、軍をひきゐ、或は德川殿の大將して合戰す、織田殿うせ玉ひし年、鳥居元忠と共に、甲斐の古國府に陣どつて北條の勢を打破り、信雄秀吉中たがうて、軍起…
本多 第四上 · 2
鳥居 第四中 · 42
- p001…左京亮平忠政は、伊賀守忠吉が孫、彥右衞門元忠が嫡子なり、紀伊國熊野庄の地頭鳥居法眼が後胤、重氏が男忠氏、父子聊不快の…
- p001…忠吉がはからひし事は、その時の關白前久公の御書の中に見えたり、彥右衞門元忠は、忠吉が二男なり、德川殿十歲の御時、元忠が十三の年より、駿河國に參らせ…
- p001…書の中に見えたり、彥右衞門元忠は、忠吉が二男なり、德川殿十歲の御時、元忠が十三の年より、駿河國に參らせて、御側に侍らはしむ、御軍始ありし日より、…
- p001…が十三の年より、駿河國に參らせて、御側に侍らはしむ、御軍始ありし日より、元忠常に御陣に從ひ、一生の高名、又數を知らず、その中、永祿十二年三月遠江國懸…
- p001…元年六月姉川の合戰に先を懸け、同三年十月三方が原の戰に御方敗れて引返す、元忠一勢取て返し散々に戰ひ、信玄の陣より射ける矢に疵かうむる、敵既に濱松の城…
- p001…散々に戰ひ、信玄の陣より射ける矢に疵かうむる、敵既に濱松の城に進み來る、元忠又城中より切て出て、多くの敵を追拂ふ、天正三年の夏、長篠の合戰に先懸し、…
- p001…拂ふ、天正三年の夏、長篠の合戰に先懸し、同き秋又諏訪原の城攻められし時、元忠仰を蒙り、城の有樣伺ふとて、城中より放つ鐵砲に、左りの股に疵蒙る是より懸…
- p001…り、同十年二月甲斐國に入給ひし時、駿河國を過玉ふに、敵田中の城より出づ、元忠等仰を承て敵を打破り、此年武田四郞亡び、元忠等仰を承り、古府中に陣を取る…
- p001…玉ふに、敵田中の城より出づ、元忠等仰を承て敵を打破り、此年武田四郞亡び、元忠等仰を承り、古府中に陣を取る、北條左京大夫氏直、武田が國を爭うて、甲斐國…
- p001…り、古府中に陣を取る、北條左京大夫氏直、武田が國を爭うて、甲斐國に向ふ、元忠三宅惣左衞門康俊等と、御方わづかに六百餘人の勢を以て、左衞門大夫氏勝が…
- p001…て、氏直以ての外に驚き、美濃守氏規北條して和睦の事を申て、引返す、元忠が功其の賞これ輕かるべからず、汝取り得し所なればとて、甲州郡內の地を下し…
- p001…とて、甲州郡內の地を下し給ひて當國を鎭めらる、同十二年小牧の軍ありし時、元忠留まりて甲斐を守り、嫡子新太郞忠政を御陣に參らす、忠政此年十九歲にして軍…
- p001…獻ず、明くれば十三年閏八月、御方の人々、信濃國上田の城を攻めて利を失ふ、元忠は後陣を打たりしが、敵また戶倉城より出て戰ふ、鳥居が軍すでに危く見ゐたり…
- p001…の城を攻めて利を失ふ、元忠は後陣を打たりしが、敵また戶倉城より出て戰ふ、鳥居が軍すでに危く見ゐたりしが、巨海孫七郞を始として、宗徒の郞從等、敵陣に切…
- p001…に切て入り、さん〱に戰ひ、究竟の者共廿九人まで打死す、敵も敢て進み得ず、元忠加賀川を打渡り、吉田の臺に旗を打立て、御方を待つ、御方の勢、爰かしこより…
- p001…、八重原に打上るに、敵また打て出づ、御方の人々進み戰はんと、はやりしを、元忠制して戰はず、十八年五月關白殿北條を討れし時、元忠相模國築井の城を攻破り…
- p001…戰はんと、はやりしを、元忠制して戰はず、十八年五月關白殿北條を討れし時、元忠相模國築井の城を攻破りて、又武藏國岩槻の城に向ひ、上方の軍勢と互ひに先を…
- p001…の城を攻破りて、又武藏國岩槻の城に向ひ、上方の軍勢と互ひに先を爭ひ進む、元忠搦手に向て、外城を攻め破る、城の兵、つめの城を破られじと、鋒を揃へて切て…
- p001…向て、外城を攻め破る、城の兵、つめの城を破られじと、鋒を揃へて切て出づ、元忠が郞等安藤寺田小田切一宮などいふ、一人當千の兵三十三人、同じ枕に戰死す、…
- p001…勝父子、大手の門を攻破り、大手搦手、一手に成て攻めし程に、城兵こらへず、元忠に就て降人に成て出づ、今年關東へ移らせ玉ひしかば、下總國矢作の庄を給て領…
- p001…移らせ玉ひしかば、下總國矢作の庄を給て領す、四万石是より先き關白殿元忠を召して、叙爵せさせんと宣ふ、元忠承て、元より無骨の田舍人、身も亦かたは…
- p001…給て領す、四万石是より先き關白殿元忠を召して、叙爵せさせんと宣ふ、元忠承て、元より無骨の田舍人、身も亦かたはに相成て候へば、殿下に出仕すべき事…
- p001…に出仕すべき事叶べからず、あはれ御免を蒙るべしと辭し申す、其後又關白殿、元忠が嫡子新太郞忠政を以て、羽柴下總守雄利が女に配させて、其養子となし、召仕…
- p001…られんには、其仰に隨ひ候べし、殿下に召仕るべきの條は、御免を蒙り候べし、元忠が曩祖以來德川譜代相傳の家從の者に候へば、子孫に相傳て他家に奉公仕るべき…
- p001…傳の家從の者に候へば、子孫に相傳て他家に奉公仕るべき者に候はずと申、秀吉鳥居が申所、其謂ありとて、雄利が女を以て、新太郞が妻と成さる、初め元忠が若き…
- p001…、秀吉鳥居が申所、其謂ありとて、雄利が女を以て、新太郞が妻と成さる、初め元忠が若き時、德川殿御筆を染られて、其戰功を賞せらるべき由を仰られしに、君既…
- p001…五年六月十七日、德川殿上杉中納言を御退治あるべきにて、奧に向はせ玉ふ時、元忠を始めて、宗徒の御家人を撰ばれ、伏見の城に留めらる、かゝる所に上方また一…
- p001…時に兵起て、秀賴の御使、伏見の城に來り、其城速に開き渡すべき由を下知す、元忠其由を聞て、德川殿の御家人等、此城に殘り留りし事、かゝらん時の料に侍る、…
- p001…只攻め破てこそ取り玉ふべけれと答へて、城下の人家焚拂て、寄來る敵を待つ、元忠人々を本城に集て、多からぬ御方、爰かしこ助け合はん事叶ふべからず、只各が…
- p001…ば八月朔日、城中忽に返忠の者出來て、本城に火かゝり、敵こゝかしこに入る、元忠が手のもの百三十七人戰死し、殘る所僅に四十七八人、家子郞從、はや御自害あ…
- p001…十七人戰死し、殘る所僅に四十七八人、家子郞從、はや御自害あるべしと勸む、元忠あざ笑て、いや〱思ふ子細あり、自害はすべからず、かけ引き自在ならねども、…
- p001…市重次が爲に討れけり、大坂の奉行等、物始よしと悅び、大將の首なればとて、鳥居が首をば京橋口に懸く、爰に都の商人に佐野四郞右衞門といふ者、元忠が許に往…
- p001…ばとて、鳥居が首をば京橋口に懸く、爰に都の商人に佐野四郞右衞門といふ者、元忠が許に往來し、年來の情け深かりしかば、窃かに彼首盜取て、知恩院の內なる長…
- p001…石斯て忠政その父の爲に、一寺を新恩の地に建立して、長源寺と號す、是は元忠が法名に取れりといふ、德川殿、元忠が事忘るべからずと宣ひて、香花の地…
- p001…地に建立して、長源寺と號す、是は元忠が法名に取れりといふ、德川殿、元忠が事忘るべからずと宣ひて、香花の地を寄附せらる、御朱印をなされて、百…
- p002…むかし忠政が父元忠を打たりし雜賀孫市重次は其後水戶中納言家にぞ侍らひげる、ある時、重次中だ…
- p002…らひげる、ある時、重次中だちをもて、忠政が許へ云ひ送りけるは、重次むかし元忠の御最期に參りあひ其時の御物具を家に傳へ訖んぬ、先考の御形見に御覽せんた…
- p003…らず、三日を過てのち、三成を預げ下さるゝ事、領掌既に畢んぬ、抑父にて候ふ元忠、君の御爲に一命を奉りし上は、三成が事、强ちに、父が讎とも申すべからず、…
- p003…忠政頻りに御恩加へられ大名とは成されし云ふ此說誤りあり三成を預け給ひしは元忠が二男土佐守成次、其頃は久五郞と申せしに預けられしを、斯は申けるなり、此…
- p006…、旅館に有しが、召仕ふ醫師のために弑せられて死す、四十歲とぞ聞えし、祖父元忠が伏見の城守りて討死したりし月も日も、けふにて、又元忠が首盗出して葬たり…
- p006…歲とぞ聞えし、祖父元忠が伏見の城守りて討死したりし月も日も、けふにて、又元忠が首盗出して葬たりし、都の商人佐野が子も、今日忠春迎んとて、此所に來り、…
- p009…土佐守平成次は、彥右衞門元忠が二男、若き時より將軍家に仕へ奉る、關が原の御時、山道の御供し、此時石…
內藤 第四中 · 3
植村 第四中 · 1
- p001…御家人となされしとこそ聞えたれ、其後高名度々にて、北條の家亡びし時、本多鳥居等の人々と、武藏の國岩槻の城を攻落す、今年關東に移らせ玉ひしかば、上總國…
土岐 第四下 · 1
- p003…、其首切て、水野が首をば取り返しつ甲斐國にして北條と戰ひ玉ひし時、定政、鳥居彥右衞門元忠と同じく、小山の要害を守て、左衞門大夫氏勝が多勢を打破る、北畠殿を助け玉…
金吾 第十二上 · 2
색인은 본문을 읽고 사람·지명 등에 개체 ID를 붙인 것입니다(표본 점검 정밀도 약 98.6%). 같은 이름의 다른 사람은 괄호로 구분했고, 지면 표기가 다른 비정은 문맥 주석에 적었습니다. 자세히