e210.p01校訂済167R:3–5別天正十八年、奧州葛西大崎一揆の時氏鄕名生の城に在り。會津に飛脚をもて、鐵炮の玉藥を人に見咎められざる樣を計りて運び來れ、と下知せられしかば、山伏を談ひ笈の中に玉藥を入れて、頭巾螺貝杖を携へて湯殿山に詣づる有樣して送りけり。是蒲生左文が謀なり。