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○村上三右衞門大島源二武者振の事

卷之十四 第8話 · 段落 1 · NDL 1078984 241コマ R

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筑前中納言秀詮、先陣の士大將平岡石見、松野主馬各祿一萬石なり。伏見の城攻に、主馬が仕寄の竹把を城中より火箭を射かけ燒きたりしかば、其所を退きて竹把を附けんと言共、村上三右衞門聞入れず。燒跡に竹把を附けずしては有る可からず、とて主馬と相謀りて竹把を附直し、竹把の上に壁土を塗るべき用意しけり。主馬、外に出る事を嫌ふ人々は、士たりとも內にて土を揑ねられよ。又土を塗りたらん者には、中間下人なりとも士とせん、と下知しければ、下部八人出て土を塗りたりしかば、其後竹把を燒かざりしとなり。旗本より大島源二といふ者使に來り、仕寄場より堀端まで間數幾許か有る、と問ふに、村上、間を打ちては見候はず。凡十二間許もや有らん、と答ふ。大島、とてもの事に間を打たん、と言へば、城近く箭玉の飛び來る所に强みを出して何の爲ぞ、といふ。源二、殿に問れて間を打たずといはんは快からず、と言ひしかば、村上、旗本の使に先陣の間を打する事は有るまじ、とて村上靜に出でて竹を間竿に切り一間づつ打つ。源二先へ廻り靜に一つ二つとさし終れば十一間半也。大島、村上進退の振舞見物なりし、と云ひ合へりしに、源二は二十二歲、伏見落城の日討死しけるとぞ。