紀伊大納言賴宣卿は、東照宮の十一男にて御座しませしが、幼き時より東照宮の膝下に御座して文武の御物語を聞し召し、尋常の質に御座しまさず、諫を納れ給ふ事も並々ならず。或時腰帶といふ備前長光の刀にて立袈裟を試み給ひしに、快く切れて其儘立ちたるを突き給ひければ、二つに成りて倒れけり。左右一同に驚き入るばかりなり。大に悅びて那波道圓に、異國にも斯る利劍も有りや。又斯く手の利きたる人や有る、と仰せ有りしに、道圓承り、異國には龍泉、太阿など申す利劍も有之候。人を殺して樂む人は、夏の桀王、殷の紂王と申す惡王御座しまし候。凡人を害して面白しと思ふは、禽獸の仕業にて人間にては無く、日本にて罪人を切り候は穢多こそ致し候へ、と憚る色無く言ひしに、つと入り給ひぬ。軈て道圓を呼びて、先に申しつる所こそ至極の道理なれ。これより再び自ら試みる事有るまいぞ。諫言こそ返す〲も淺からね、と賞美ありけり。又或時大高源左衞門といふ士に司る事に附て、我不幸にして良き士持たざる故、何事も怠に成りぬ、と叱りて、人の無きなり、と有りしを道圓聞きて、己が目の暗くて人の善惡を見明めざるを咎めずして、人の無きとは何事ぞや。外樣古參にも新參にも良き人を撰み出さんには、智者も勇者も如何程も有るべきに、人の無きとは目の明かぬ故なり、と直言しけるを熟と聞き給ひ、道理至極せり、とて再三感ぜられ、深く先の詞を悔み給ひけるとぞ。道圓常に其子に語りて、亂世には臣士君の爲に死する事有り。太平の世諫めて死する事を忘るべからず、と戒めけり。