常山紀談本文データベース

目次 › 卷之二十三 › e499

○番大膳二條城へ使に參る事

卷之二十三 第19話 · 段落 5 · NDL 1078984 363コマ R

人物地名家(氏)官職日付索引へ

池田の家の士大將番大膳景次は、父を藤左衞門景元といふ。尾張智多郡荒尾といふ所の人なり。大坂冬の軍、尼ヶ崎の城にて片桐が兵共討たれしを、援はざるにより二心有りと東照宮疑ひ思召す由聞えしかば、其子細を申述べんが爲使を參らすべきに、誰かよく使せん、と各使を擇び、其姓名を書きて出すべき旨興國公の仰により、數百千の士半を過ぎて、大膳が姓名を記して出しけり。公自ら書記させ給ふも同じければ、さらば、とて西宮の陣所にて大膳に仰せ附けらる。
大膳、公の御前を退き出でける時、長臣達を始として、いやが上に重りたる所を通らんとするに、伊木長門、大膳に向ひ、今度の使は大事なり。能く心得られしや、と言ひしに、大膳、不才の身、粗仰の旨は承り候ひぬ。此を、と言ふ儘に懷より九寸許の匕首の氷の如く見ゆるを拔出し、至つて業物にて候。大御所の御座近く參りて申候より外は存じ候はず、と言ひければ、長門、尤なり。我行くべしと思ひしに、斯の如くなればいふべき事なし、といひけり。
二條の城に參りければ、東照宮の御前に召されて子細を糺させ給ふに、一々道理明に申したりしかども、猶聞し召し入れらるべき氣色無かりければ、尼ヶ崎の地圖を取出し、武藏守露塵許も二心無き由を申せしかば、其時疑ひ思召さざる由仰せ出されて退出しけり。人々再三押返し諍ひ奉りて、武藏守罪なき由を申せし有樣、類少き者なり、と感じ合へりしに、東照宮も其後大膳が事を、由々しき者なり。誠に豪傑とは大膳なるべし、と仰あり。
大膳は揉髭ありて容儀由々しき人なりしかば、退出しける時、髭よくも言ひたり、と仰せられ、其座に有りし人々も御玄關に出でて送り、且知る人になりたりとなり。