國淸公池田三左衞門尉參議輝政卿世を下らせ給ふ時、伴玄札は寵臣なりしかば必ず殉死すべき者なり、と人も言ひけるを、興國公武藏守利隆朝臣聞し召し、よく心を附けよ、と侍臣に仰せられけり。御柩に納まらせ給ふ日、其次の間なりし襖を開きそれに入り、又閉ぢけるを怪み行きて見れば、脇差を早や腹に突立てけるを抱起し、人多く重りて押留め置き、斯と申しければ、興國公急ぎ御出有りて、玄札如何に、と仰せられしかば、玄札承り、御恩深く蒙り候へば、御供仕りなん志にて候に、見附けられしは口惜しく候。御許れをもて快く死出の道に赴き申すべし、と申上げけるを聞召し、さもあるべき事なり。されども我士の主には成難きを見捨てて先代の供したらんには、人人思ふ樣も、玄札は先殿の志をも知り、寵愛に遇ひたる身の熟々今の嗣は劣り果てたる故、供して死したるならんと言はんには、今迄の士一人も我に心服する者あらじ。我は獨夫と成り果てん事目前なり。我を獨夫にしなして、其を忠とも義とも思ひなんには、疾く死して御供申すべし。强ひて我押留むべきや。我は汝が死するに依りて士の主には成る事能はじ。只疾く死ねよ、と仰せられければ、玄札淚を流し、存じ寄らぬ仰を承り、誠に進退究り候、と申しければ、興國公、疾く死して我を獨夫にして先代への奉公とせよ、と再三仰せられしかば、玄札兎角言はで暫有りけるが、仰の趣承り候ひぬ。士程の者が、刀を腹に突立てながらさて止むべきには候はねども、只今の御詞によりて恥を忍びて、人に後指を指され候とも存命へ罷在るべし、と申しければ、さては我士の主になる事を得たり。汝が忠義比類有るべからず。能く勞りて、と仰せられ、內に入らせ給ひけり。