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○紀伊大納言賴宣卿十三歲にて大坂攻御先手を望まるゝ事

拾遺 卷之一 第9話 · 段落 1 · NDL 1078984 387コマ R

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紀伊大納言賴宣卿は文武の賢將にて、其行跡も凡人にあらず。大坂冬御陣に、二條の城にて大坂表御手鎗の御備定あり。賴宣卿十三歲になり給ふが進出給ひ、御先手を我等に仰附けられ下され候やうに、と御望みあり。家康公御感にて、城强くして先手攻めあぐみ候はば、其方仰附けらるべし、とて御機嫌なり。五月七日大坂落城の時、御旗本後備にて、尾張大納言義直卿と紀伊大納言も御著陣以前合戰終り、大坂落城なり。茶臼山にて家康公御前に賴宣卿御出有て、今日御先手にて無㆑之故手に合ひ不㆑申、無念至極に候、と頻に御落淚なされ、松平右衞門大夫正久申候は、今日御手に御合ひなされず候とも、御急きなされまじく候。御一代には斯樣の事幾度も御座あるべく、と諫め參する。賴宣卿聞し召され、右衞門をはつたと御睨み候ひて、我ら十三歲の時が又有るべきか、と御申す。家康公聞し召され、御淚を御浮べ御感悅に堪へず。常陸殿、その言が金言にて候との御稱美なされける、と石川榮入物語なり。