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伊勢安濃津城
本文表記 阿濃津・阿濃津の城・津の城
古田助左衞門思慮の事 卷之十四 · 6
- p01…處に重勝も東國より歸り來り、松坂に立籠る。此時富田信濃守信高阿濃津を守られしが、加勢を重勝に乞ふ。兵を分ち遣るべき體の無かりけ…
- p01…勢を重勝に乞ふ。兵を分ち遣るべき體の無かりければ、助左衞門、阿濃津へ加勢有らん事尤望む所なり。敵阿濃津を攻めて其後爰に攻め來ら…
- p01…無かりければ、助左衞門、阿濃津へ加勢有らん事尤望む所なり。敵阿濃津を攻めて其後爰に攻め來らん。若阿濃津落ちざる前に東方の味方來…
- p01…有らん事尤望む所なり。敵阿濃津を攻めて其後爰に攻め來らん。若阿濃津落ちざる前に東方の味方來らば敵敗北せん。其時は古田が士は敵の…
- p01…りなど人に笑はれ候べし。又加勢有らば隣國相援ふの義に叶ひ、又阿濃津にて敵を防ぎしは、古田が加勢の故なりと世に申すべし、と勸めて…
- p01…は、古田が加勢の故なりと世に申すべし、と勸めて五百人の軍兵を阿濃津に遣りけり。軈て重勝の領地の百姓の中に大家なる者二十人を士と…
伊勢國阿濃津城軍の事附佐治縫殿が事 卷之十五 · 2
長束大藏大輔降參の事 卷之十五 · 1
- p01…士卒も別の事候まじ。此旨よく申せと申すなり、と言ふに、長束、阿濃津の城攻して關ヶ原にさせる軍もせで口惜く候。さらば此城を枕にせんと…
石井兄弟報讐の事 卷之二十五 · 1
- p03…ければ、龜山の西南一里半許行きて小家に立寄り、草鞋を買求め、津の城に行く者なり、とて道を問ひ、童を案內者にして、十町餘りも過ぎ…
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