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安芸国広島
本文表記 廣島・藝州廣島
可兒才藏が事 卷之十一 · 1
- p01…の者あり。才藏其祿の半分を與へ、竹內久右衞門といふ。才藏が墓藝州廣島に在りといへり。…
福島正則領國を召放さるゝ始末の事 卷之十九 · 2
石井兄弟報讐の事 卷之二十五 · 8
- p01…過さん事の口惜き、とて一族樣々に押止むれども聞入れず。忍びて廣島を出づる時思ふやう、龜山の士如何ばかりか有らん。殿の仰にて赤…
- p01…田上某が許に暫居て、天和三年大坂に赴く。半藏は十歲なりしかば廣島にありけり。斯て源藏夫より旅人の體をして龜山に行き、又京に歸…
- p01…其便を求めて奔走す。其艱難誠にいふに詞も無かるべし。兎角して廣島を出でて七年過しぬ。始は甚だ行路に行惱みけるが、天の護にや有…
- p01…。半藏は、今暫し成長して、と一族押止むるをも顧みず。元祿元年廣島を出でて兄と一所になり、龜山に入らん謀をなす。斯て板倉隱岐守…
- p02…しかば、藝州に行け、と言へ共、何の面目有りてか仇を討得ずして廣島に歸るべき、といふ。源藏、汝辛苦に病附きたり。未だ敵討つべき…
- p02…樣も細やかに安藝の一族に語り聞かせよ、とかき口說き語りければ廣島に行きぬ。下部の身として、年久しく命を塵芥より輕くして附纏ひ…
- p02…より輕くして附纏ひたる志を勞りけるが、終に病重くて、元祿十年廣島にて死しけるとぞ。…
- p03…太神宮に向ひて、幼少より思ひ入つたる仇を擊ちたる事の忝さよ。廣島を出でしより存命ふべしとは努々存も寄らざるに、爰まで遁れ出た…
源君御扈從中根左源太勘氣御免の事 拾遺 卷之四 · 2
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