索引:人物 › 安藤重信
安藤重信
本文表記 安藤・安藤對馬守重信・安藤對馬守・對馬守
福島正則領國を召放さるゝ始末の事 卷之十九 · 7
- p05…より退散す。城中の士は門の左に附き禮服して並び居、城受取の使安藤對馬守重信は、城門の右に添ひて城に入りけり。…
- p06…安藤城門に入る時、並び居たりし人々に向ひ、左衞門殿事申すべき樣も…
- p06…けらる。其時皆禮せしに、獨茶筅髮にてしかみの撞木杖をつきて、對馬守の詞を聞き傍を見て禮しけるを、山崎甲斐守見て並々ならぬ人なり…
- p08…各人質を城に入れ天守に燒草を積み、大手搦手の持口を定めたり。安藤對馬守、永井右近大夫中國西國の軍兵を率ゐ、備中の笠岡に著陣あり。丹…
- p08…すべしと相定む。笠岡より尾道へ八里、初は陸路と定められしを、安藤、船にて行くべし、となり。加藤嘉明聞きて、上使は船にて早く、…
- p08…上使より遲くば我等は男を捨てなん。是非陸を、と勸めらるれども安藤聞き入れず。船の事を蜂須賀阿波守に相計らる。加藤も船を用意し…
- p08…ども三原へ狀來らずして城は明渡し難し、と竹中の許に云ひ送る。安藤聞きて、後先の思慮にも及ばず無二無三に城へ乘入り、上使討死の…
長曾我部盛親生捕らるゝ事 卷之二十二 · 1
- p02…一說に、盛親を生捕り、伏見に參り御玄關に到る。井伊直孝、安藤對馬守、土井大炊頭列座し、軍の事を問はるゝに、盛親申しけるは、六日…
渡邊數馬報讐始末の事 卷之二十四 · 1
- p03…りぬ。忠雄、半左衞門をば菅權之介に預けられけり。半左衞門初は安藤對馬守重信に奉公せしが、故有りて忠雄懇にせられしに、半左衞門口論して相…
この索引は編者の判断による比定を含みます。詳しく