地名索引 › 摂津天王寺
摂津天王寺
本文表記 天王寺・攝津國天王寺
保科 第一 · 1
- p004…上り給ふものかな、いざさせ玉へと、打つれて上り、足輕十人附たり、五月七日天王寺の合戰に、正貞眞先にすゝみ、小笠原信濃守に言葉をかはし、先を懸く、忽に大…
水野 第三 · 2
本多 第四上 · 1
- p003…後守に任ず、童名は彥三郞、御諱字給て康紀とは申たりき、大坂の兵起りし時、天王寺の御陣を承り、再ひ軍起りし時に、先駈して城中に乘入、首貳百拾壹を取て獻る…
榊原 第四上 · 3
小笠原 第六 · 1
- p003…時八万石と云、不審、秀政重ねて先祖累代の所領を知行す、元和元年五月七日攝津國天王寺の合戰に討死す、年四十七歲、嫡子信濃守忠脩、大御所の御外曾孫、又忠脩が妻…
丹羽 第六 · 2
細川 第七下 · 1
- p014…忠興が二男の長岡與五郞某は、大坂に仕へて、一方の大將を承る五月七日天王寺の戰、御方さん〱に打なされ、手の者みな落失せて、寄手また城中に攻め入れば…
秋田 第八下 · 1
- p008…、明る元和元年正月廿六日、從五位下伊豆守になさる、此年の夏、大坂に向ひ、天王寺の合戰に、自ら鎗とつて、能き武者一騎、突き伏せ、首取て、御陣に參る、同き…
眞田 第九上 · 1
- p005…將軍家の先陣して、城を攻む、再び軍起りしに、子息兄弟、大御所の先陣して、天王寺に向つて合戰す、元和八年、信幸信濃國松城に移さる、十三万石沼田を領…
本多 第十一 · 2
筒井 第十二上 · 1
- p006…月信長番兵を停めて、多門の城を壞り捨てらる、此年八月久秀、大坂の城を攻て天王寺に陣取りしが、忽ち心變りして信貴城に引籠る、信長使して仰せらるゝ旨あれど…
藤田 第十二下 · 1
- p003…守中は立花左近將監なり明れば元和元年五月七日、重信榊原遠江守康勝と共に天王寺に向ひ戰つて、自らも高名し薄手二か所かふむり、手の者共に首廿三切らせて獻…
索引は本文を読んで人物・地名などに項目IDを付けたものです(標本点検の適合率約98.6%)。同名の別人は括弧で区別し、本文表記と異なる比定は注記に記しました。 詳しく