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本多正純
本文表記 正純・本多上野介正純・上野介・上野介正純・本多上野介・此人・本多・佐渡守正信父子・上野介殿
松平(久松) 第三 · 3
大久保 第四中 · 2
植村 第四中 · 1
- p009…有て、歸らせ玉ふ時、下野國宇都宮の城を以て、御旅舘と定めらる、此城のぬし本多上野介正純が有樣あやしき事ありと告申す人ありて、夜更て密かに城を御出あつて、江戶の…
永井 第五 · 3
安藤 第五 · 1
- p003…顯せしに至るまで、度々の高名數を知らず、大御所駿河に御座移されし後、直次本多上野介正純、成瀨隼人正正成と三人、奉書連署の事を承る、其後遠江宰相殿には附られたり…
有馬 第九下 · 6
- p011…初め本多上野介正純が手に屬せし御家人岡本大八と云ひし者、晴信に年頃相語ふ、或時密に修理大夫…
- p011…が阿瑪港の船、沈め給ひし事、大御所の御感淺からずして、其賞行はるべしと、本多上野介に內々仰ありと傳へ承る、所領の地など望み給ふ所は無きやと云ふ、晴信大に悅…
- p011…代傳領の地なり、然るを鍋島が故主龍造寺が爲に奪はれたり、和殿の計ひにて、上野介殿に申て、此由執し給りて、彼三郡を返し賜ひ候はゞやとぞ望みける、程經て後、…
- p011…より、承りし某が勸賞の事、速に御裁許あらん樣を賴み參らする由の書かきて、上野介が許に送る、正純更に心得ぬ事かなとて、大八を召て尋ね問ふに、曾て存知仕ら…
- p011…賞の事、速に御裁許あらん樣を賴み參らする由の書かきて、上野介が許に送る、正純更に心得ぬ事かなとて、大八を召て尋ね問ふに、曾て存知仕らざる由を、陳じけ…
- p011…得ぬ事かなとて、大八を召て尋ね問ふに、曾て存知仕らざる由を、陳じければ、正純此由を大御所の御聽に達す、頓て有馬が父子、召上せられ、大八と對决に及びし…
織田 第十下 · 1
- p005…人々互に心を隔てつゝ、終に御和睦は事なりぬ、入道頓て駿府に使者を參らせ、本多上野介正純に就きて、入道今度思はずも、大坂の城に在り、既に御陣に參らんとせし處に東…
片桐 第十下 · 1
- p001…の事起りぬ、今何の面目あつてか再び見參には入り候ふべきとて參らず、重ねて本多上野介正純仰を傳へて、此度大坂の兵起りし事、汝が罪にあらざるよし、能く知し召す所な…
本多 第十一 · 22
- p003…將家將軍の宣旨蒙らせ給ひしより、正信は關東の執事として將軍家に隨ひ、嫡男上野介正純は大御所の執事として駿河に在り、父子相並びて天下の權を取る、初め大御所正…
- p004…せしは、正信が奉公の勞を忘れ給はで長く子孫の絕えざらん事を思召さば、嫡男上野介が所領、今の儘にてこそ候べけれ、必餘多賜ふべからずと申しき、いかに思ふ所…
- p004…ふ所やありけん、其後所領多く賜ひしが果して其家絕えぬ、又正信ある時に嫡男上野介に語りしは、昔大殿濱松の城にましませし時、ある夜外樣の侍三人、御前に召し…
- p004…そ思ふべけれと仰ありき、あり難き御心なりけりと、頻りに涙を流し語りしに、正純聞て其人誰なるらん、又いかなる事をや申けんといふ、正信聞て氣色損し、其申…
- p005…正信男子三人あり、嫡男上野介正純、二男安房守政重は加賀國にあり、三男大隅守忠純といふ、上野介正純年十九よ…
- p005…り、嫡男上野介正純、二男安房守政重は加賀國にあり、三男大隅守忠純といふ、上野介正純年十九より大御所に仕へ、終に執事の職に至り、下野國小山の地に近江の地添へ…
- p005…下し賜る、三万二千石大坂の兵初めて起りしより終に亡ぶるに至るまで、正純が謀少からず、其男出羽守正勝大坂の軍に天王寺より向ひ、眞先かけて戰ひ乘た…
- p005…駈け遂に敵を打破り兩御所の御感に預る、明れば元和二年大御所薨し給ひし後、正純關東に參て將軍家に仕ふ、執政たること元の如し、…
- p006…御寶器幷に金銀等、悉く尾張紀伊水戶に分ち給て、將軍家に取らせ給はず、これ正純が計らひにて三家へ分ちて其餘の金銀數十万兩、久能山に納め將軍家の御資用に…
- p007…元和五年に下野國宇都宮の城を賜ふ、十五万石正純政務を輔くること凡そ廿三年、元和八年出羽の最上が家亡びし時、御使承て山形…
- p007…山形の城に向ひ父子忽に罪かうふりて、此所より同國由利の地に流さる、時に正純五十八歲子息正勝父に先立ちて卒す、正純七十三歲にして寛永十四年三月十…
- p007…り同國由利の地に流さる、時に正純五十八歲子息正勝父に先立ちて卒す、正純七十三歲にして寛永十四年三月十日、終に配所にてこそ死しけれ、正勝が男忠…
- p007…に配所にてこそ死しけれ、正勝が男忠右衞門某右大臣家の御時に召出さる上野介正純が罪定かならず、まづ世に遍く傳ふるは所、元和八年四月十七日、大御所の御遠…
- p007…和八年四月十七日、大御所の御遠忌に依て大相國家、日光山に詣で給ひ御歸路に正純が宇都宮の城、假の御座所となさる、此時失ひ奉るべき結搆ありしを告け申す人…
- p007…し所なりといふ、百人の兵殺せしは一定なり、また彼城に三日月堀といふあり、正純新に穿ちし所といふ、これ世に傳ふる丸馬出といふ者なり、しかれば正純が城修…
- p007…あり、正純新に穿ちし所といふ、これ世に傳ふる丸馬出といふ者なり、しかれば正純が城修し築くといふも一定なり、凡そ此二箇條共に正純いかでか私には取計ふべ…
- p007…よ、さあらんに於ては汝が主の世嗣立て給ふべき由を下知すべしと議定す、其時上野介人々に向ひ、誠に彼のおとなが主人に腹切らせたらんには、かの家立てさせ給ふ…
- p007…立てさせ給ふべきにやと問ふ、人々いかで謀反人の家は立て給ふべきやと答ふ、正純聞てさらば此奉書下されん事然るべからず、かの不臣を罪せんが爲に、又かの臣…
- p007…譌を行ひ、天下の風俗を亂り給ふべきと云ひしかど、衆議一决せしかば、さらば正純は連署叶ふべからずとて署を加へざりき、正純が他事は如何にもあれ、此一言は…
- p007…かど、衆議一决せしかば、さらば正純は連署叶ふべからずとて署を加へざりき、正純が他事は如何にもあれ、此一言は天下の名言なりといふべしやと、柳生但馬守宗…
- p007…いふべしやと、柳生但馬守宗矩常に感ぜられしなり、誠に此一言を以て見るに、此人の若き時より大御所の御覺えよかりしも宜なるにや、又同職の人と其の間の不快…
- p015…し獻ることあり、世の慣しのやうになりし故に、正重かゝる遺言は無けれども、上野介正純が計ひにてかく申せしかば、正貫には八千石を賜ひしなり、正重が領せし所は一…
天野 第十一 · 1
- p004…にも訴ふる者の僞る所にやと思召ければ、御糺明、後日にあるべしと仰せ下さる本多上野介正純、内々の仰を承て康景が許に行き向ひ、彼れ土民なりといへども公の民なり、和…
福嶋 第十二上 · 2
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