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上総国
본문 표기 上總・上總の國・上總國
本多 第四上 · 2
高木 第四下 · 1
- p001…の地を給ひ、千石大坂の戰に、將軍家に隨て、高名を顯はし、其賞として上總國にして地を加賜ふ、千石寬永三年十月三日叙爵し、肥前守に成る、父卒て…
靑山 第五 · 1
- p001…年十一月十八日播磨守と成、常陸介殿を避けまゐらせしなり同き六年二月上總下總兩國の地にて所領を加へられ、一万五千石を領す、今年江戶の町奉行…
永井 第五 · 1
- p011…等の地を加られ、御書院の番頭となさる、四千石を加へ玉ふ、同き五年、上總の國にして地加へらる、一万石を加へ給ふ、同き九年、遠江國にして地また加…
井上 第五 · 1
- p006…と共に四人、此職に任す、是今の大目付の事なり、同き十七年六月十三日、上總國にして所領を給る、一万石を領す、一說に、此時大目付の職を承る、これ加…
西尾 第五 · 1
- p002…人、德川殿に從ひ關東に移り給ひし時、武藏國原市の地五千石を賜ふ、一說に、上總の國の內にて賜ひしとも申なり、慶長十一年八月廿六日七十七歲にて卒す、實子あり…
岡部 第六 · 1
- p001…と云、十六年四月、従五位下に叙し、内膳正に任す、關東に移らせ玉ひし時、上總下總等の國にて、所領の地を賜ふ、一萬二千石關が原の戰には、下野國黑…
相馬 第八下 · 1
- p001…、桓武天皇第五の皇子一品式部卿葛原親王の御孫、高望王、始て平の姓を賜ひ、上總の國を賜ひ、上總の大守に任し、王氏を出で人臣に列る、朱雀院の御時、第二の御子…
里見 第十二上 · 11
- p002…、大に怒り安西を亡し安房國を領す、これ明應五年十一月の事なり、明れば六年上總國丸谷上總介をも打滅し、兩國を合はせたりと云々、大に誤れり、明應五年は義實…
- p003…其子刑部大輔成義、上總の國に發向し先づ萩生の城を落し、國人等を打從へ終に安房上總兩國を合はせ領す、…
- p003…刑部大輔成義、上總の國に發向し先づ萩生の城を落し、國人等を打從へ終に安房上總兩國を合はせ領す、其子上總介義通、上總國久保田の城に在り、義通が卒せし時…
- p003…して義豊と戰ひ、明れば三年四月六日終に稻村の城を攻め落し、義豊を討て安房上總を領し、御弓の御所の味方として御弓の御所と申せしは古河公方晴氏の叔父…
- p003…ぞ乘せたりける、平野越後たゞ一人槍提けて隨ふ、味方負軍しつと聞えしかば、上總の國に留りし堀内帶刀須田將監、五十騎引具して義弘を迎へ、久留里の城に入る、討…
- p003…城に在大將として三浦の地を攻め破る、明れば十年北條太田新六郞に軍勢附て上總の國に向ふ、義弘自ら三舟山に戰ひ、大將太田を初として首數百を打取る、天正五年…
- p003…中直りす、明る六年の五月義弘卒す、嫡子太郞義賴には安房國、次男梅王丸には上總國を讓る、太郞義賴父死して後、上總の國佐貫の城を襲ひ梅王丸を生捕て、梅王…
- p003…梅王丸が傅加藤伊賀守と心を合はせ梅王丸を虜にして高瀧右京に預けしなり上總の國を併せ領し安房の國岡本の城に住す、天正九年里見北條又不快となつて、氏政が…
- p003…城に住す、天正九年里見北條又不快となつて、氏政が多勢海陸二手に分れて安房上總に亂れ入る、舘山久留里佐貫の城を攻め遂に椎津廳南久保田萬喜の城を落し軍勢…
- p003…り、天正十六年北條が多勢侍大將十一人といふ姓名又勢のほど定かならず上總の國を打從へ、安房の國へ攻め入らんとす、義康自ら久留里の城に出て向て敵を待つ…
- p003…りぬ、此年北條滅びしのち關白、義康が早く御陣に馳せ參らせざる事を怒り給ひ上總下總の地收公せられ、本領なれば安房國を賜ふ、九萬二千石なり其後豊臣…
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