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大久保忠世
본문 표기 忠世・大久保七郞右衞門忠世・大久保・七郞右衞門忠世・大久保兄弟・大久保殿・七郞右衛門忠世・大久保七郞右衞門・大久保忠世・七郞右衞門尉忠世・大久保七郞右衛門尉
本多 第四上 · 1
- p010…、とく返させ玉ふべしとぞ怒りける、同年德川殿關東へ御移あり、井伊本多榊原大久保などは、よのつねの御家人に准ずべからずと、關白の仰ありければ、上總國大多…
本多 第四上 · 1
- p003…高天神の城落し時、康重が手に討取所の首廿一、武田亡ひし年の秋、廣孝康重、大久保七郞右衞門忠世、共に甲斐國を打ち平ぐ、明れば天正十一年、廣孝叙爵して、右兵衞佐に任ず、…
本多 第四上 · 2
大久保 第四中 · 46
- p003…わたらせ玉ひしなり、尾張國蟹江の城をせむ、新八郞忠利、甚四郞忠員が嫡子七郞右衞門忠世、父子兄弟、誰彼七人先懸して、高名を顯はす、阿部四郞五郞、杉浦八郞五郞…
- p003…のため、御歲十五歲なり、三河國梅が坪の城を出て、廣瀨の城に向はる、七郞右衛門忠世、織田殿の家子津田兵庫介を討取る、是よりこのかた、大久保が一族、常に德川…
- p003…年正月十一日、上和田の合戰に、新八郞忠勝眼を射られ忠利入道常源か子七郞右衞門忠世も手負ひ、其外一族郞等一人も疵を蒙らずといふ者なし、同き二月蜂屋半之允親…
- p003…ち亡失せにけり、大久保が家大功の三なり、同き八年三月長澤の城落て、忠世等一宮の要害を守り、同き十二年正月忠世忠佐兄弟等、掛川の城の邊りにて、今…
- p003…なり、同き八年三月長澤の城落て、忠世等一宮の要害を守り、同き十二年正月忠世忠佐兄弟等、掛川の城の邊りにて、今川の勢と戰ふ、元龜三年十二月、三方が原…
- p003…戰ふ、元龜三年十二月、三方が原の合戰、御方既に打負て、散々に成て引返す、忠世御籏を賜て、犀が棧に打立て、落來る御方を集て、此事創業記考異に…
- p003…立て、落來る御方を集て、此事創業記考異に出つ濱松の城に參り、忠世、今夜敵陣に夜討せんと存ず、人々の手に候ふ足輕の鐵炮に馴たるを集て、給る…
- p003…仰せて足輕の兵を召けるに、或は打れ又は落失て、殘る所二三十人には過きず、忠世が手の者を合せて百餘人、敵の陣取たる犀が棧に押寄せ、鐵炮こと〱しう、續け…
- p003…を引倶し、山路を傳うて、鳶巢に向ひ、明れば廿一日の朝、敵の要害を攻落す、忠世が弟治右衛門忠佐、兄に向ひ、今日の戰は、我等が爲には當の敵、信長の加勢に…
- p003…勢に、先を懸けさせんは、無念の次第成べし、我等まづ魁けて戰はゞやといふ、忠世いしくも申たる者がなとて、德川殿に參て斯と申、足輕の弓鐵砲の達者、引すぐ…
- p003…、敵引けば打て出て、をめいて切て懸る、小菅廣瀨三科とて、一人當千の敵と、忠世忠佐、兄弟名乘かけ〱、追ひつ返しつ、九度まてこそ責めたりけれ、小菅三科手…
- p003…遠矢に射取れやとて、三千挺の鐵砲を、一面に立並へてぞ放したる、織田殿遙に大久保兄弟が、軍するやうを御覧して、家康の手の戰、敵味方いつれ隙ありとも見えず、其…
- p003…來て、斯と申、德川殿聞召て、あれは家康が侍大將、兄弟にて、蝶羽は黑餅が兄大久保七郞右衞門忠世、黑餅こそ同治右衞門忠佐とて、蝶羽が弟にて候へと仰ければ、織田殿此由聞玉…
- p003…け散れば、四郞は主從三騎にて、本國さして落さりぬ、軍既に事終て、織田殿、大久保兄弟を召され、このたびの軍に利を得し事、ひとへに汝等兄弟が戰、拔群なりしゆゑ…
- p003…にて、忠佐に小袖を賜りし事、大久保が物語に詳なり、此年六月七日忠世二俣の地を賜ひ、皆野の原に、要害搆て、二俣の城を攻む、武田が加勢も來らざ…
- p003…の城を攻む、武田が加勢も來らざれば、城の大將依田右衞門尉信蕃こらへかね、忠世に城をさけわたし、高天神の城に入けり、城をも忠世に給て、同九年に至まで凡…
- p003…右衞門尉信蕃こらへかね、忠世に城をさけわたし、高天神の城に入けり、城をも忠世に給て、同九年に至まで凡七年が間、敵の境に打出て、日夜の戰ひ暇なく、同十…
- p003…なく、同十年武田四郞亡ひし時、依田右衞門尉、駿河國田中の城にあり、爰をも忠世ぞ受取てける、今年六月、織田殿また討れ玉ひ、甲斐信濃再ひ亂る、忠世仰を承…
- p003…爰をも忠世ぞ受取てける、今年六月、織田殿また討れ玉ひ、甲斐信濃再ひ亂る、忠世仰を承り、宗徒の人々打連て、甲州を討從へ信州に至て、諏訪小太郞を始とし、…
- p003…野國をしたかへ、碓氷峠を打越え信濃の國より甲斐の國に入て、德川殿と戰ふ、忠世又計らうて、眞田安房守昌幸、御方に參る、斯て諸方の戰ひ、氏直の軍盡く利を…
- p003…武田が家の士をも、皆御家人にめされて後、十二月廿一日、濱松に歸り玉ふ時、忠世を召され、甲信の國々打續たる兵亂に、人の心いまだ定らず、或は上杉等に志を…
- p003…北條に謀を合す、汝此所を留て守るべしと仰下されけり、初め信濃に向ひし時、忠世德川殿に申けるは、彼國の住人依田右衛門尉信蕃、去し頃駿河國を去りし時、御…
- p003…斐國に歸りき、武田が兵多き中に、彼が忠を存ぜしに、似たるものも候はず、又忠世二俣田中の兩城を、彼が手に請取て候へば、いさゝかの所緣に引れて、此程二俣…
- p003…攻めふせば、彼國をしづめん事、御勢を向らるゝ迄も有べからずといひしかば、忠世が申旨に任せらる、依田柴田信濃國に向て、去る十一月まづ前山の城を攻落し、…
- p003…に、依田が功莫大なり、大久保が家の事にあらねば略しぬ、柴田をば、忠世と共に甲斐國にぞ留めらる、今年六月の終より、十二月に至る迄、僅か七月にた…
- p003…六月の終より、十二月に至る迄、僅か七月にたらずして、甲斐信濃の隨ひしは、忠世が功こそ、多かりけれ、大久保か家、大功の四つなり、今年忠世が計ひに…
- p003…ひしは、忠世が功こそ、多かりけれ、大久保か家、大功の四つなり、今年忠世が計ひにて、諏訪小太郞味方に參りしに、酒井左衞門尉忠次と爭論の事有て、お…
- p003…有て、おのが城に立籠る、斯ては此國の侍、悉く背き參らすべしと見えければ、忠世また仰を承て、諏訪が許に使立て、とかく拵へし程に、明れば十一年三月に、諏…
- p003…、眞田に與へけり、十二年德川殿、北畠殿を助けて、尾張國に向ひ給ひしかば、忠世御後に留て、濱松の城を守る、三遠記と云ふ書に出つ、曰く五箇國の軍兵、凡…
- p003…く五箇國の軍兵、凡四萬五千餘人の人質を預り守ると云々、此事大事なれば、忠世に仰下されしといふさも有べし、されど大久保が物語にも、また其餘の記に…
- p005…忠世、依田が兄弟討れぬと聞て、急き彼國に馳せ向ひ、信蕃が嫡子源二郞が、此時…
- p005…兵を一手にして、小諸の城を攻落す、信蕃既にして死し、子息いまだ幼なし、忠世小諸の城に留る、今年の秋、眞田又叛きしかば、討手の勢を向られ、忠世同く押…
- p005…なし、忠世小諸の城に留る、今年の秋、眞田又叛きしかば、討手の勢を向られ、忠世同く押寄たり、御方攻損じて引返す、忠世人々を勸めて、御方の勢を一手になし…
- p005…田又叛きしかば、討手の勢を向られ、忠世同く押寄たり、御方攻損じて引返す、忠世人々を勸めて、御方の勢を一手になし、又戰んとせしかども、人々引て歸りしか…
- p005…正、岡崎を去て、都に登り、三河遠江の間、以の外に騷動す、急ぎ御使を給て、忠世を召す、忠世承て、當國の住人小笠原心變りすと聞ゆ、數正、旣に小笠原が質を…
- p005…て、都に登り、三河遠江の間、以の外に騷動す、急ぎ御使を給て、忠世を召す、忠世承て、當國の住人小笠原心變りすと聞ゆ、數正、旣に小笠原が質をも盜取て、上…
- p005…旣に小笠原が質をも盜取て、上洛すと承る、貞慶が謀反、疑ふ所あるべからず、忠世急て馳參らは、上方既に亂れて、忠世また落行ぬと申さんには、當國の國人等皆…
- p005…承る、貞慶が謀反、疑ふ所あるべからず、忠世急て馳參らは、上方既に亂れて、忠世また落行ぬと申さんには、當國の國人等皆御敵とこそ成べけれ、また信玄の子に…
- p005…て、德川殿關白秀吉に御對面のために、都に登り玉ひ、大廳岡崎に下り給ふに、忠世、井伊本多作左衞門重次なりと共に、御後に留る、小田原を攻められしに…
- p005…井伊本多作左衞門重次なりと共に、御後に留る、小田原を攻められしに、忠世先陣を奉り、今年德川殿關東に移らせ給ひしかば、忠世に小田原の城を賜ひけり…
- p005…小田原を攻められしに、忠世先陣を奉り、今年德川殿關東に移らせ給ひしかば、忠世に小田原の城を賜ひけり、四萬石を領す、後に五千石を加らる、…
- p006…家忠日記にも、其餘の傳記にも、井伊本多榊原大久保には、關白殿内々の仰有て、所領の地賜ふとしるす、又按ずるに此人々には、關…
- p007…忠世行年六十三歲にて、文祿三年九月卒しぬ、嫡子相摸守忠隣父に繼く、忠隣初名…
- p012…治右衞門藤原忠佐は、平右衞門忠員が二男にて七郞右衞門忠世が弟なり、生年十六歲の時、柴田修理亮勝家と鎗を接せしより、此かた一生の高…
- p012…の城の邊に戰て、敵の大將近松丹波守を討ち、天正三年五月長篠の合戰に、兄の忠世を勸め、先駈して、武田が勢を打破て、織田殿の御感に預る、忠世の記に詳…
- p012…戰に、兄の忠世を勸め、先駈して、武田が勢を打破て、織田殿の御感に預る、忠世の記に詳なり、長湫の戰に、御使を承る、先陣にまじはりて、敵を打つ、頓…
石川 第四中 · 1
- p002…高天神の城落し時、家成が男長門守康通、首十六を獻る、武田滅し年の秋、康通大久保七郞右衞門忠世と同じく、甲斐信濃打隨へ、天正の十二年信雄卿を助け給ひ、羽柴と軍起りし時…
內藤 第四中 · 1
- p005…參らせし時、信成一族等、共に御方にあつて、爰かしこに戰ひ、長篠の合戰に、大久保兄弟と同しく進て、敵の多勢を打破る、高天神の城、落ちぬべう見えし時、打漏され…
戶田(田原) 第四下 · 1
- p002…此とき忠次、大久保七郞右衞門山田八藏等と鎗を合せし由、德川殿井伊兵部少輔に御物語ありしといふ、按ずる…
諏訪 第六 · 3
本多 第十一 · 2
藤田 第十二下 · 1
- p001…れと云ひしにぞ立所に事は平ぎける、德川殿この由を聞召され藤田が許に御使大久保七郞右衛門尉永井右近大夫なり給て、家康が家人面目を失はざりし事、信吉の計らひに依…
색인은 본문을 읽고 사람·지명 등에 개체 ID를 붙인 것입니다(표본 점검 정밀도 약 98.6%). 같은 이름의 다른 사람은 괄호로 구분했고, 지면 표기가 다른 비정은 문맥 주석에 적었습니다. 자세히