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○大澤左衞門が手の者ども東照宮を窺ひ奉りし事

卷之三 第12話 · 段落 5 · NDL 1078984 68コマ R

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是は今川氏眞を武田信玄攻め落し、氏眞ときの山家に引き籠りけるを、東照宮父義元の好故に遠江をば德川家より收むべし。信玄に取られたるよりは勝る可きなり。然ば小田原と相謀りて兩旗にて信玄と軍すべし、と氏眞に仰せられしかば、忝き由申して掛川の城を德川家に渡し、氏政信玄薩埵山にて對陣し、足輕競合有り。東照宮の先陣駿河へ攻め入り、山縣三郞兵衞を追ひ落しければ、信玄前後に取り挾まれて勝利有るまじきを計りて、甲州へ兵を返されける故、東照宮も御歸陣あり。
が手の者共、去年より落ぶれたる面々相計り、尾藤主膳村山修理兩人を大將にして堀川に窃に一揆を構へ、通らせ給ふを待ちかけて討ち奉らんと仕度しけるに、夫を知し召さずして七騎にて打過ぎさせ給ひぬ。一揆共、餘りに騎馬の少かりければ斯くとも知らず、後より石川伯耆守數正通りけるを見て、偖は先に通らせられしにや、手易く討つべき物を、と悔けるとぞ。創業の人君天の佑御座しけると覺えたり。其後堀川の一揆を攻めらるゝに、此城潮の滿したる時は船の出入自由なるに、折しも引潮にて唯一方口の城なりしかば、落つべき方無くて皆討取られけり。