が手の者共、去年より落ぶれたる面々相計り、
尾藤主膳村山修理兩人を大將にして
堀川に窃に一揆を構へ、通らせ給ふを待ちかけて討ち奉らんと仕度しけるに、夫を知し召さずして七騎にて打過ぎさせ給ひぬ。一揆共、餘りに騎馬の少かりければ斯くとも知らず、後より
石川伯耆守數正通りけるを見て、偖は先に通らせられしにや、手易く討つべき物を、と悔けるとぞ。創業の人君天の佑御座しけると覺えたり。其後
堀川の一揆を攻めらるゝに、此城潮の滿したる時は船の出入自由なるに、折しも引潮にて唯一方口の城なりしかば、落つべき方無くて皆討取られけり。