索引:地名 › 遠江国浜松
遠江国浜松
本文表記 濱松
大澤左衞門が手の者ども東照宮を窺ひ奉りし事 卷之三 · 1
- p01…永祿十二年四月、東照宮濱松に歸らせ給ふ時、…
三方ケ原合戰の事 卷之三 · 6
- p01…、竟にかなはで城落ちたりけり。信玄夫より三方ヶ原に軍を進む。濱松には織田家の加勢も有り、と信玄聞いて遙々來りて、客戰はすまじ…
- p01…河武者城を押出すと聞えければ、一戰に及ぶべし、と備配り有り。濱松の軍兵日旣に暮なんとすれ共、勇み懸りて一軍すべし、と口々に申…
- p02…で、成瀨は信長の加勢の目附としてあら井本坂に向ふべし。鳥居は濱松先陣の目附せよ、とぞ仰せられける。二人は必死を期したれば、鳥…
- p03…衞門吉信、此處は御討死の時にては候はず、と申して、御馬の口を濱松の方へ引向け、鎗を取直し、御馬のさんづを疊みかけて叩きければ…
- p04…夏目は濱松の御留守なりしが、矢倉より軍の樣を見て急ぎ馳せ參り、疾く御城…
- p05…忠世さいがかけの邊に御旗を押立て、敗軍の味方を集むる、其隙に濱松に引き取らせ給ひけり。敵城近く押寄すれば、鳥居彥右衞門元忠玄…
三方ヶ原合戰信玄遠謀の事 卷之三 · 1
- p01…押寄せ、毛利瀧川等も思ひも寄らぬ所に打つて懸る程ならば、必ず濱松よりも切つて出で、中に取込めて軍せん、と吉田より岐阜まで一里…
東照宮和泉國堺より御歸國の事 卷之五 · 1
- p05…後藤五郞を始として和州山州伊州の士に御暇給はり、時を得て濱松に參るべき由懇に仰せを蒙りけり。夫より三河に事無く歸らせ給ひ…
秀吉東照宮に和を乞はれし事 卷之七 · 2
眞田昌幸父子三人始末の事 卷之十七 · 1
- p01…、足輕軍有り。芝土居を築き柵を結ひ、苅田働に日を送る。斯くて濱松より井伊直政、大須賀康高を始として五千餘援兵たり。されども秀…
東照宮諫言を容れ給ひし事 卷之十八 · 1
- p01…東照宮濱松に御座しませし比、或夜本多正信御前に有りしに、誰人にてかあり…
石井兄弟報讐の事 卷之二十五 · 1
- p03…を聞き、卽ち使を以て兄弟を引取られけり。其後下野守の領地其比濱松なりしかば遠州に至り、兄弟共に寵せられ、源藏後重き職を命ぜら…
新太郞樣夏目氏の忠死を御賞歎の事 附錄 雨夜燈 · 2
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