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○立花道雪行狀の事

卷之八 第3話 · 段落 3 · NDL 1078984 146コマ R

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若かりし時雷に震たれ、足痿へ步行心に任せず、常に手輿に乘れり。累代大友家に屬す。大友家衰へけれども道雪心を變ぜず。武勇逞しき人にて、士卒を見る事子を愛するが如し。戰に臨む時は二尺七寸有りける刀と、種ヶ島の鐵炮を手輿に入れ、三尺許の棒に腕貫をして手に提げ乘られ、長き刀挿したる若き士百餘人手輿の左右に引具し、軍始れば手輿を此士に舁かせ、棒を取りて手輿を敲き、えいとう聲を上げ、此輿を敵の眞中に舁き入れよ、とて拍子取り遲き時は輿の前後を敲かれけるに、敵に北げたるよりも恥として面も振らず舁き入れければ、手輿の左右の士三尺餘りの刀を抽連て一文字に切つて懸りけるに、先陣の者共、すはや例の音頭よ、と言ひも敢へず、我先にと競ひ懸り、如何なる堅陣をも切崩さずと言ふ事無し。若先陣追立らるゝ時は道雪大音上げて、我を敵の中へ舁入れよ。命惜くば其後逃げよ、と眼を見出し下知せられし程に、守り返して勝ざる事無し。斯れば道雪の士は一日に幾度鎗を合せたりと言ふ者多し。又道雪常に、士に弱き者は無きものなり。若弱き者有らば其人の惡きにはあらで、其大將の勵さざるの罪なり。吾士は言ふにや及ぶ、下部に至りても度々功名無きは非ず。他の家にて後れたる士有らば吾方に來り仕へよ。取り換へて逸物にせん。吾士の四月朔日左三兵衞は、若き時初て後れし事の有りしに、何時の頃よりか血臭き事に會ひて次第に物に慣れ、今は五六人の剛の者と世に言はるゝぞかしとて、偶武功無き士の有れば、明き塞ぎの有るは武功の事よ。弱からざるは我見定めたり。明日にも軍に出でんに、人にそゞろかされ必ず拔懸して討死し給ふな。夫は不忠なり、身を全うして道雪を見つぎ給はれ。各を打連たればこそ斯年老いたる身の敵の眞中に有りて、ひるみたる色を見せざるぞ、といと懇に睦しく言ひて酒酌交し、其比流行ける武具取り出して與へられければ、是に勵まされて、重ねて軍の有らん時必ず人に後れじ、と勇みて、聊も武者振の能見ゆれば呼び出して、彼人々見候へ。此道雪が見し所に違ふ可きに非ず、とて勝れたる剛の者の名を呼びて賴み候程に、能引き廻してよ、と言ひ、又人々の心を合せらるゝ事、此道雪は天の冥加に叶ひたる事よ、と勇め立て、若し若き士の席上にて心得違ひたる事の有る時は、客の前などに呼び出し打笑ひ、道雪が士不束にこそあれ。去れ共軍に臨みて火花を散し候鎗は、此人々こそ能くすれ、とて鎗追つ取りたる眞似して譽められしかば、人々感じ淚を流し、此人の爲に命を捨てん、と勵みけり、1
  1. 誤植 — 底本は文末(一話の終わり)を「、」で終える。「。」の誤りか。