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森寺忠勝
本文表記 政右衞門・森寺・森寺氏・森寺政右衞門・森寺政右衞門忠勝・森寺淸右衞門忠勝・政右衞門忠勝・森寺淸右衞門
比定未確認:同定の根拠が十分でない項目です。
攝津國花隈城落つる事 卷之四 · 14
- p01…諏訪が嶺には護國公、西の方金剛寺山には士大將伊木淸兵衞忠次、森寺淸右衞門忠勝、南の方生田の森には護國公の嫡子勝九郞之助守り給ひぬ。何も花…
- p01…衞門、後藤市兵衞、波多野彌藏等激く戰ひて追つ崩す。一夜護國公森寺政右衞門を呼んで城中へ忍び入り、能く見來れ、と命ぜらる。森寺行く時梶…
- p01…森寺政右衞門を呼んで城中へ忍び入り、能く見來れ、と命ぜらる。森寺行く時梶浦勘兵衞も打連んとす。森寺、今夜の物見は大事なり、相…
- p01…、能く見來れ、と命ぜらる。森寺行く時梶浦勘兵衞も打連んとす。森寺、今夜の物見は大事なり、相伴はん事叶ふべからず、といふ。梶浦…
- p01…賞すべき。但梶浦は何て行きたるや、と問はるゝに、梶浦承はりて政右衞門に仰せられしを、物蔭にて聞き候、と申す。護國公、近習の人を退…
- p01…退けて言ひつる事を立聞し、且軍法を破りたる、と怒り給ふ。其時森寺、只今忝き仰を承り候ひき。さして賞美の望み候はず。勘兵衞が咎…
- p01…柱の一丈餘なるを打振りて、敵を叩き伏せ相戰ふ。金剛寺山の伊木森寺も大手の軍烈しきを見て、搦手より乘つ取らんと押寄する。城より…
- p01…數少く覺えつるに、俄に增たるは、搦手より大手へ救來りぬらん。政右衞門早搦手へ押詰め乘り込み申すべし。然るに只今大手の味方を引取ら…
- p01…込み申すべし。然るに只今大手の味方を引取らば、敵搦手へ廻りて政右衞門討死すべし、と申す。護國公尤なりとて、往きて見來れ、と仰せら…
- p01…見來れ、と仰せられしかば、勘兵衞馳著けて云々の事なりといふ。政右衞門、好くこそ言ひたれ。早乘り入るべし。大手を攻められ候へと言へ…
- p01…は城兵の必ず突いて出づべき門脇に詰寄せたり。搦手よりも伊木、森寺先を爭ひ門を破りて攻め入りたり。森寺は今年の春案內は好く見た…
- p01…せたり。搦手よりも伊木、森寺先を爭ひ門を破りて攻め入りたり。森寺は今年の春案內は好く見たりし故、門を破る透間に傍の屏を踰え、…
- p01…り。兵庫の築島に雜賀孫一郞花隈の加勢として有りけるを、伊木、森寺先陣にて押寄せ攻め落す。此の時湊川にて勝九郞五輪作右衞門とい…
- p01…す。此の時湊川にて勝九郞五輪作右衞門といふ剛の者と鎗を合す。森寺政右衞門も馳せ著きたれば、作右衞門引つ返して退きけるが、五輪の指物を…
森寺政右衞門武名の事 卷之六 · 3
森寺四郞兵衞飯沼小勘平を討つ事 卷之十二 · 1
- p01…加納の軍破れし時、小き堤を前にして居たりしに、池田家の士大將森寺政右衞門忠勝が弟四郞兵衞長勝、飯沼を目がけ、一間餘ありし溝を馬に聲かけて…
森寺藤左衞門池田家興立の事竝森寺政右衞門武勇の事 卷之二十三 · 17
- p01…ひしかば、信長悅びて護國公を元の如く使はれけり。藤左衞門子を政右衞門といふ。勝れたる荒者なり。政右衞門忠勝十八歲の時、何れの所に…
- p01…く使はれけり。藤左衞門子を政右衞門といふ。勝れたる荒者なり。政右衞門忠勝十八歲の時、何れの所にて有りしや知らず。護國公の前に有りし時…
- p01…し時、稻葉伊豫守一徹の許より、備前の陶とて德利を贈られけり。政右衞門見て、是は贋物なり。あらぬ物を謀りて豫州さぞ笑ひ候べし。惡き…
- p01…入れ、伊豫守の方に行きたり。斯る事とは知らず對面せられしに、政右衞門德利を取出し、備前にて燒きたる物には候はず。贋物なれば返し申…
- p01…、それ留めよ、と下知せられしに、駈延びて歸りけり。護國公は、政右衞門が面魂、一定伊豫守の許にて打碎くべし。危き事なり、とて門內に…
- p01…べきや。遁れ得て歸りしは幸なり。已後を謹み給へ、といひけり。政右衞門美濃の竹が鼻に居し比、木全又藏といふ士、緣有りて森寺が許に居…
- p01…り。政右衞門美濃の竹が鼻に居し比、木全又藏といふ士、緣有りて森寺が許に居たり。…
- p03…政右衞門、又藏に心を合せ、同國高木何某を討たんと計りけり。又藏竹が鼻…
- p03…、從者共を追散してけり。高木が子二人父の仇報いんと聞えしに、政右衞門或年江戶に行く時荒井に宿せしに、敵道に待つと聞きて舞坂に行く…
- p03…行く。道の程三十間許も隔てて、凡そ八百人許待ちかけたりしに、政右衞門靜々と乘通りしに、敵更に取合はねば、政右衞門從者五六人にて馬…
- p03…ちかけたりしに、政右衞門靜々と乘通りしに、敵更に取合はねば、政右衞門從者五六人にて馬を引返し、仇の前に乘行き、是に待ちたるは高木…
- p03…を引返し、仇の前に乘行き、是に待ちたるは高木に候や。斯く申す森寺を仇にて討たんとや。唯今何とて討ち候はぬぞや。さらば參り合は…
- p03…候はぬぞや。さらば參り合はん、と大音にいへども物いふ人無し。政右衞門嘲笑ひ、など討候はぬぞや。此後我を討たうとは存じも寄り候はず…
- p03…じも寄り候はず、と罵りて打過ぎ、江戶に赴きけり。高木は訟へて政右衞門を討たん、と申しければ、何方にてもあれ討候へ、と許されしが、…
- p03…討たん、と申しければ、何方にてもあれ討候へ、と許されしが、又政右衞門にも嚴しう防ぎをして、仇に討たれざるをもて勝にせよ、との事な…
- p03…携へよ、と許さる。伏見の城を築かれし後、諸大名出仕有りしに、政右衞門に、今日は出仕すべからず。仇の必ず窺ふべき、と言ひしかども、…
- p03…に、今日は出仕すべからず。仇の必ず窺ふべき、と言ひしかども、政右衞門、苦しうも候はず、とて出仕す。秀吉の居間の次まで刀を每日も携…
攝州花熊城攻森寺淸右衞門八田八左衞門手柄の事 拾遺 卷之二 · 4
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