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上野国
본문 표기 上野・上野國・上野の國
保科 第一 · 1
- p001…はで城を出で、東をさして落去りぬ、今年六月織田殿父子失せ給ひて、甲斐信濃上野の國々再び亂る、正直北條左京大夫氏直の案内者して、信濃の國に打入て、高遠…
酒井 第四上 · 1
- p007…上は忠次强て諫申に及はず、小山の城をせめらる、四郞勝賴是を聞て、甲斐信濃上野の軍勢、生殘りたる者共に、長篠にて討れたる兵の、或は子或は弟などの僧とな…
井伊 第四上 · 1
- p011…て向ふ、此年將軍家の仰をかうむり、おのが所領の内近江の地をば直孝に讓り、上野の國に引こもりて、安中の城に住む、みづからは三万石を領す、直勝卒して…
大久保 第四中 · 2
奧平 第六 · 4
- p001…河國の住人奥平美作守貞能が男なり、貞能が四代の祖八郞左衞門尉貞俊、生國は上野の人、三河國に移りて、作手の地を領す、子孫受傳へて、貞能に至る、…
- p002…、秩父の一族兒玉が聟と成て、其家を繼く、兒玉庄左衞門尉氏行と名乘る、末流上野國に移り、奧平の鄕に住みしかば、また改めて奧平と名のる、世々上野に住すと云…
- p002…る、末流上野國に移り、奧平の鄕に住みしかば、また改めて奧平と名のる、世々上野に住すと云云、○兒玉の系圖を按ずるに、内大臣藤原伊周公の二男顯長より九代…
- p002…を繼きしなり、平氏と稱する事、如何なるいはれあるにや、又和名抄を考るに、上野國に奧平といふ鄕は見えず、又並合の記にしるす所、家の說に大に異なり、曰く三…
森 第七下 · 1
- p001…輩は、鬼武藏とぞ名付たる、甲斐の武田が亡ひし時、長一先陣を承る、信濃甲斐上野等の國々打從へ、信濃の更級高井水內埴科四郡を賜て、海津の城を築く、前亡の…
上杉 第八下 · 8
- p003…倉殿を私に將軍と崇め、執事上杉を管領殿と仰きぬ、安房守憲顯が時より、伊豆上野越後三箇國を領しければ、子孫自ら此國々に居住す、鎌倉の左馬頭持氏、失せ給…
- p003…記せり誤れるにや管領山內の上杉前民部大輔顯定入道可淳、息男憲房と共に、上野の國を立て、越後國に向ひ、爲景と戰ふ、永正六年七月廿八日の事也爲景打負…
- p003…憲房椎屋と云ふ所に押寄せ、一戰に利を失ひ、妻有の莊に引籠て、軍勢を催し、上野の勢を待て、戰んとす、長尾高梨、勝に乘て、妻有の莊に押寄す、同き六月廿一…
- p003…り、此入道上杉中興の管領たり年五十七歲子息憲房、越後國に溜りかね、上野國に引返し、平井の城にぞ籠りける、此後爲景、越中の國府內の城に住し、越後の…
- p005…道せしと云ふさらば北條を討て、當家の仇、報ぜんとて、永祿三年三月、信濃上野下野常陸武藏の軍勢を催し、都合其勢十萬騎、相摸の國に發向し、小田原の城に…
- p009…を取て三十六年、北陸東山東海の諸道に、威を震ひ、越後越中加賀能登佐渡飛驒上野半國餘下野半國餘陸奥二郡出羽五郡常陸三郡の…
- p013…めんとて、彼等と戰ふに暇あらず、天正十年の春、信長、甲斐の武田を滅して、上野をば瀧川左近將監、信濃をば森武藏守に與ふ、諸方の敵、牒じ合せて、越中信濃…
- p013…をば瀧川左近將監、信濃をば森武藏守に與ふ、諸方の敵、牒じ合せて、越中信濃上野より攻め入らんとす、景勝先づ越中に向ひ、魚津の城に押寄せたる織田が軍勢、…
眞田 第九上 · 4
- p003…田を始て、國人等皆上杉が陣に至て見參す、斯る處に、北條左京大夫氏直、武藏上野を經て、信濃國を隨へんとて、碓氷の峠を押渡て、是も信濃國に入る、眞田等ま…
- p003…むかし兩家のよしみ結ひし時、武田が領せし國々を分ちて、甲斐信濃は德川殿、上野は氏直領せんと約し訖んぬ夫に信濃の眞田が、上野に亂れ入て、沼田の庄を取て…
- p003…分ちて、甲斐信濃は德川殿、上野は氏直領せんと約し訖んぬ夫に信濃の眞田が、上野に亂れ入て、沼田の庄を取て、押領する事、甚奇怪と云つべし、すべからく早く…
- p005…北條亡ひし年、德川殿關東に移り給ひ、上野の國は御領となり、信濃國をば、關白家へ參らせらる、東國にて、眞田に賜ひし地の…
津輕 第九下 · 2
成田 第十二下 · 1
- p006…見守重綱に烏山の城賜りしといへば、其頃成田が家亡びしにや、一說に成田後に上野の地を領せしとしるせる書もあり、凡そ此家の系圖見ざれば悉しき事を知らず、…
佐野 第十二下 · 1
- p001…修理大夫藤原信吉は鎭守府將軍秀鄕の末葉、上野國の住人佐野太郞基綱が後、實は富田左近將監が第二の男とぞ聞えける、…
색인은 본문을 읽고 사람·지명 등에 개체 ID를 붙인 것입니다(표본 점검 정밀도 약 98.6%). 같은 이름의 다른 사람은 괄호로 구분했고, 지면 표기가 다른 비정은 문맥 주석에 적었습니다. 자세히